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コインランドリースケープ


コインランドリ―の風景が好きだ。

学生のころは一人で近くにある古びたコインランドリーに行っていた。
お金もないのでたまにしか使わなかったけど、行くときはたいがい夜遅くだった。切れかけでチカチカする蛍光灯の薄暗い感じとか、ゴンゴンとうるさい乾燥機の音の隙間を縫って、遠くから聞こえてくるパトカーの音を聞いていると、都会にいるんだなという実感がした。
ときおり洗濯物を回収しに来たラフな格好のおじさんと遭遇してびっくりしたり、洗濯物が乾くのを、誰かが置いていったとおぼしきぼろぼろにくたびれた青年漫画誌を適当にめくりながら待っている時間が好きだった。

社会人になって彼女ができてからは、梅雨の間に溜まった洗濯物を乾かしに二人で連れだってコインランドリーに行ったものだ。
二人分のちょっと多くなった洗濯物は、なんだか幸せがそのまま大きさになった気がした。壁際に二人で座ってたわいもない話をしながら洗濯物が乾くのを待つのが好きだった。
近所の主婦らしき人が家族分の布団を乾かしに来て、おしゃべりしている僕らを微笑ましげに見てくるのがちょっと照れ臭かった。
なにか飲み物でも、と近くのコンビニに行って戻って来たら、二人の洗濯物がごっそり盗まれていて慌てて警察に電話したのもいい思い出だ。
結局見つからなくて、それが原因で大ゲンカしたっけ。


結婚して子供ができてからは、大量に増えた洗濯物を乾かすのによく家族三人で連れだって近くの真新しいコインランドリーに行っている。
奥さんは近所のママ友に遭遇すると話し込んでしまうので、そのあいだ息子の面倒を見るのは僕の役目だ。
自慢じゃないけどうちの息子はすごく聞き分けのいい子で、おとなしくしててね、とお願いすればたいていはじっと僕の手を握って静かにしてくれる。

彼は何が面白いのか、洗濯物がぐるぐる回る様子を見ているのがどうも好きらしい。僕の手を握ったまま、ふとこちらを見上げて聞いてくる。

「お父さんも、ぐるぐる好き?」
「そうだね。お父さんもぐるぐる好きだよ」

いつかこの子も、どこか遠くのコインランドリーで一人洗濯物が乾くのを待ったりするのだろうか。
僕がコインランドリーで色んな風景を見てきたように、彼なりの風景を見つけてくれたら嬉しいと思う。

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