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「歩行者」免許証


転勤により今日から都内で暮らすことになった私は、荷物の片付けの気分転換もかねてあたりを散策していた。ちょっと広めの通りの角を曲がったところで、警官に呼び止められた。

「歩行者免許証はお持ちですか?」

私は慌ててかぶりを振る。しまった、やってしまった。

「免許は持っているんですが、今ちょっと携帯していないです」
「困りますね。ここは歩行してはいけない場所ですよ」
「ここ、歩行禁止エリアだったんですか?すいません引っ越してきたばかりだったので」
「言い訳してもだめですよ、歩行禁止標識があったでしょう。署まで来てもらえますか」

有無をいわさず、警官の乗るパーソナルトランスポーターに押し込まれ、警察署へ連れていかれた。現在の法律では許可エリア外の歩行は50万円以下の罰金となる。こってり絞られたあと、免許証番号を照会され、初犯ということで厳重注意で許してもらえることになった。

「引っ越してきたばかりで不慣れなのは分かりましたら、以後気をつけてくださいね」
「はい、すいませんでした」
「しかし、女性の方で歩行免許をお持ちとはめずらしい」
「まあ趣味みたいなものでして、えへへ」

愛想笑いでごまかしたあと、意気消沈して警察署を後にする。

「やっぱり都内は歩行禁止エリアが分かりずらいなぁ。田舎者には厳しい」


AIの発達により機械の自動制御が社会インフラのベースを担う時代になり、
人が屋外を歩行するには「歩行者免許証」が必要になった。たとえ免許を持っていても歩行ができるのは歩行帯と呼ばれる専用の箇所のみ。

昔は自動運転の車両と歩行者が同じ道路を使っていたらしいけれど、とても信じられない。人間の歩行者なんていつ道路に飛び出してくるかわかったものじゃない。過去には実際によそ見をして飛び出してきた歩行者を自動運転車がはねた例があるらしい。どう考えても歩行者の方が悪いと思うのだが、自動運転車が人をはねた場合は誰の責任になるのか、というのは21世紀の中ごろに大きな議論となったと聞いている。

人類はその問題に対して「人が歩かなければ良い」という結論を出した。
屋外の歩行を行うには免許センターで試験を受けて免許を取得する必要があり、そのためには実技試験として人間専用の歩行帯を自動運転車の邪魔にならないように歩行する試験がある。

制限速度は基本的に時速2Km以下。
右左折の場合は手信号できちんと自動運転車および他の歩行者に知らせる。
人間同士で追い抜き、追い越しをしない。
手信号をせずに不意に立ち止まらない。
歩行の際によそ見をしない。

などなど、かなり面倒であり、今どき好き好んで歩行する人間はかなりの少数派だ。私は珍しくその少数派に属しており、女性ながら歩行が趣味の変わり者なのだ。

警察署を出た後、おとなしく街のビル同士をつなぐ自動誘導プロムナードを使って移動していると、行く手に人だかりが見えた。

「おい、見てみろよ。皇居の周りを歩いているやつらがいるぞ」

ビルの隙間から覗いてみると、確かに皇居の周りを集団で歩いている人影が見えた。無軌道な若者の中にはときおり集団で屋外を歩き回る行為をする者たちがいるらしい。彼らは暴「歩」族と呼ばれているが、私のいた田舎ではほとんど見かけることはなかった。さすが都会。

「いやだねえ、最近の若者は」
「あんなところを体一つで歩き回るだなんてどうかしているよ」

歩きたいという欲望はわからなくもないけど、ああいう人たちがいると普通の歩行趣味人の肩身が狭くなるんだよね。やっぱり東京は怖いところだなぁ。早く家に帰ろう。私はプロムナードの途中で手を挙げて自動運転タクシーを呼び止める。

遠目からでも目立つその集団は、すぐに警察隊に囲まれたようだった。

「自分の足を使って移動して、何が悪いんだよ!」

警察官に羽交い絞めにされながら叫ぶ若者の声を耳にしながら、私はタクシーに乗り込んだ。

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