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令和時代のサキュバス事情


夜中にふと目が覚めると、体の上に悪魔っぽい女の子がまたがっていた。

「あ、目が覚めましたね。お聞きするんですけど、あなたは男性ですか、女性ですか、それ以外ですか?」

驚いて目を丸くしている僕に構うことなく、彼女は唐突に質問をしてくる。

「ええと、男性ですけど…」
「なるほど、性自認は男性であると。では恋愛対象、性的対象でもいいですけど、男性ですか、女性ですか、それ以外ですか?」
「いやちょっと待って、何これ?」
「何って、吸精ですけど」

吸精?精を吸うってことはこの子はいわゆる夢魔、サキュバスってこと?

「はい、そうですよ」
「それが何で僕の体の上にまたがってアンケートを始めているのか聞きたいんだけど」
「実はですね、昨今の情勢を鑑みて我々夢魔ももっときめ細やかな吸精をしていくべきだ、となりまして」
「はあ。きめ細やかな吸精」
「見た目だけで判断するのは尚早だ、とのことから最初にご希望をヒアリングしてから吸精に入ることになったんです」
「ヒアリング」

と、そこで気が付いた。希望を聞くとは言うものの、目の前にいるのは少なくとも見た目は女の子に見える。

「じゃあ僕の恋愛対象が男性の場合はどうするの?」

その場合はこうします、と言って彼女の輪郭がぼやけると、悪魔っぽい男性の姿へと変化した。

「もともと私たちは女性型のサキュバスと男性型のインキュバスの両方に変化できるんです」

なるほど、便利だ。さすが悪魔。

「それ以外を選択された方にはさらに詳しくお伺いして、ご希望に応じた外見を取ることになります」
「はあ。それはまた手間がかかりそうだね」
「そうなんですよ。例えばタイとかですと性自認が18あるんですよ。なかなかそこまでフォローしきれていないのが現状でして」

男性にのしかかられるのは僕は苦手なので、とりあえず元に戻ってもらった。興が乗ってきたのか、普段言う相手がいないのか、彼女の話はだんだん愚痴っぽくなってきた。

「言っても昔から色々と苦労はあるんですよ。婚姻前の女性が妊娠した時の言い訳にされたりとかありましたね」
「あー、昔はそういうのタブーっぽいですもんね」
「ですです。あとは吸精対策として枕元に牛乳置かれたりしたんですよ。牛乳て」

牛乳。まあそれっぽくはあると思うけれど。

「まあ性自認も多々ありますが、我々も対応を考えて吸精させてもらってます」

だんだんとただの世間話のような気がしてきた。こちらの相槌もおのずと適当になってくる。

「サキュバスも大変なんですね」
「そうですねー。そう言っていただけるとありがたいです。ところでそろそろ吸ってもいいですか」
「あ、はい」

ん?流れで返事しちゃったけど、これって良かったのだろうか。
そう考える間もなく彼女は淫靡な笑みを浮かべながら顔をこちらに近づけてきた。


残念なことに、それから先はよく覚えていない。

目が覚めると明らかに寝る前よりもぐったりしていた。
重い体を引きずるようにしてベッドから降りたものの、体重を支え切れずに僕はその場で膝から崩れ落ちる。

「これは…予想以上にしんどい」

夢魔も時代に適応してるんだな、と感心はしたものの、とりあえずしばらくは牛乳を買って帰ることにしよう、と僕は誓ったのである。

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