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うさぎとおばけのマグカップ 第38話

 十二月二十三日、クリスマスイブイブがやって来た。最古杵市五十周年イベントの最後を飾る『クリスマス・トワイライト』だ。
 会場となる鎖猪瓦公園の木々には、二週間ほど前からイルミネーションが光り輝いている。
 鎖猪瓦さいのかわら河川敷公園は、鎖猪瓦野球場と鎖猪瓦体育館など共に『鎖猪瓦総合運動公園』の中にある、桟角川さんづのがわに面した長い公園だ。体育館の横にはプールとテニスコートもあり、野球場の向こう側には鎖猪瓦ゴルフ場だってある。
 そんな中にあって唯一子供が遊びまわれるのがこの河川敷公園だ。川縁には、そのまま川遊びができるスペースもあり、本格的なアスレチックもある。
 その河川敷公園とプールやテニスコートのあるエリアの間にあるのが野外ステージだ。花壇や噴水のある広場を抜けてステージ広場へ出るように設計されているところがまた心憎い。
 イルミネーションは、この花壇のある広場をメインに設置したので、野外ステージまでの誘導灯にちょうどいいのだ。
 とは言っても、それが活躍するのは夕方以降だ。『クリスマス・トワイライト』とは名ばかりで、朝っぱらっからバリバリやる。
 午前中は、九時から『初めての人のための太極拳』。朝早くからお年寄りと子供たちが大勢集まって、メチャメチャ盛り上がった。
 盛り上げ役は言わずと知れたサイコキネンジャー。きびきびとしたアクションをメインとする彼らも、太極拳はなかなか難しいらしい。どうやら中国武術をやっているアクターさんはいなかったようだ。
 それが終わると、最古杵出身の演歌歌手が登場。演歌だけじゃなくて懐かしい昭和の歌なんかも交えておじいちゃんたちは大盛り上がり。子供たちは隣接する河川敷公園で体を動かして遊び始める。そこにサイちゃん乱入。お母さんたちは写真を撮ってインスタグラムにアップするのが忙しい。
 お昼は一旦ステージを閉鎖し、午後からのイベントの準備。午後からは男性アイドルグループが来る。グループのリーダーが最古杵出身とあって、市の宣伝のために女性に扮した『さいこきねえさん』として大活躍だ。ビミョーにキモ可愛いと評判である。
 そういえば、『さいこきねえさん』を考えたのも幽霊だった。『最古杵』の『姉さん』を作ればいいと提案してくれたんだ。でも最古杵出身で話題性のある女性がいない。どうしたものかと悩んでいたところで『女装して貰えばいいじゃん』と。
 なんでこいつこんなとんでもないことを次々と考え出すんだろうな。天才じゃないかと思う。
 午後の部の準備に追われていると、献血バスが到着した。田島さんが噴水広場に誘導すると、スタッフが慣れた様子で問診票などを書くためのテントを張る。
 そう言えばサイちゃんグッズを販売するためのテントがなかなか来ない。間に合うんだろうか?
 献血隊の方が献血の受付を始めるころに、安全ベストに身を包み、一糸乱れぬ動きで真っ直ぐこちらに向かってくる老人の一団があった。
 ――『最古杵シルバー会』。激動の時代を生き抜いた鋼の精神と百戦錬磨の貫禄が、その一団をオーラのようなもので包んでいる……って感じの団体さんだ。
 彼らは僅か五秒で挨拶を終えると、献血隊の三分の一の時間でテントの設営を終え、グッズを完璧に並べた。後ろに積んだ段ボールはグッズの在庫だろう、『シルバー会』のロゴ入りエプロン(シルバーグレイに還暦を表す赤のパイピングエッジ!)を輝かせたお爺ちゃんたちがスタンバイしている。
 長机に並べられた商品を売りさばくのは、どうやら『シルバー会』のロゴ入り割烹着を身に着けたお婆ちゃんたちのようだ。きちんと整列して前方を見据え、その時を待っている。
 なんなのこれ、シルバー会、かっこええ!
 だが俺はそこで感心して眺めてはいられないのだ。「在庫ゼロにしてもいいから売れるだけ売れ」という上の指令をシルバー会の代表(例の消防士上がりの人だ)に伝え、ステージ準備の応援へ急ぐ。アイドルグループの方は田島さんに任せてあるのだ。
 『さいこきねえさん』はヒジャブのようにスカーフを巻いてサングラスをかけているんだが、これはその昔、俺の婆ちゃんが若かりし頃に流行った『マチコ巻き』というらしい。
 見ると会場に集まった女性客がみんなマフラーやストールを『マチコ巻き』にしている。アイドル応援と防寒を両立させた素晴らしいファッションだ。しかし、夏場はこれやるわけにはいかないから、『さいこきねえさん』の夏バージョンファッションも考えなきゃならんだろう。こんなところでもどんどんアイディアが浮かんでくるのは、きっと幽霊のお陰だな。
 そういえば、今日はアイツ来てるのかな? 姿見ないけど。
 田島さんのカレシの塙さんだっけ、あの人はさっき見かけたんだよな。カノジョの仕事ぶりをこうして見ることができるのはちょっと羨ましいな。
 てか、なんで幽霊いねえんだよ。まあ、来てくれとは言ってないけど。
 あっちに走り、こっちに走り、バタバタしている間にシルバー会から『売り切れが出そうだから在庫出してこい』という連絡が入り、応援に来た企画課の仲間に倉庫の在庫を全部持ってくるように頼み、販売開始からわずか二時間で全部売り切れてしまった。
 『閻魔サブレ』と『極楽パン』なんかアタマ十分で全部無くなっちゃったし、あんなに用意した『さいこきねえさんクリアファイル』『サイちゃんボールペン&シャーペン』『サイちゃん消しゴム』『サイコキネンジャー鉛筆』といった文房具も一時間で完売。
 『サイちゃんタオルハンカチ』や『Bro.最古杵ロゴ缶バッジ』はおろか、『Bro.最古杵ロゴ白御影石ペーパーウェイト』まで綺麗さっぱり完売だった。
 冗談で作った『白御影墓石消しゴム』なんかメチャメチャ人気で「なんでこんなに少ししか作らないんだ」って苦情が出たほどだ。そんな事言われても、墓石っぽい消しゴムなんか売れると思わなかったんだもん。墓石デザインだぞ、墓石!
 だけど、それらを考えたのもみんな幽霊で。特に『白御影墓石消しゴム』なんか絶対売れるってアイツが力説したから「じゃあ、少しだけ」って作ったんだ。
 こんなことなら黒御影、青御影、赤御影の墓石消しゴムも作れば良かった。なんだか早口言葉みたいだけど。
 だが、その幽霊の姿が夕方になっても見えない。
 ほんの数分でいいから、イルミネーションの輝く噴水広場をアイツと二人で歩きたかったんだけどな。忙しくても、その為なら数分、時間作るんだけどな。
 サクサクとグッズ売り場のテントを手際よく畳んで撤収するシルバー会を眺めながら、「俺もあれくらいの年になれば悟りを開くのかなぁ」なんて馬鹿な事を考えた。

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