色褪せた世界

 作李が見せてきたのはルービックキューブだった。
 
「世界っていうのは思ったより単純にできているって思わないか? 複雑に絡み合って単純だったものがいつしか訳わからなくなっていくんだよ」

 俺はなんのことか分からなかった。
 ただ夕焼けの中に佇む俺たちに詩的な修飾がつかない風景だった。

「お前には世界がどう見える? ここからの風景は何色なんだ?」

 普段言わないようなことを言われた俺は答えに窮して答えることができずにいた。

「俺には輝いて見えたんだ。 昔はこんな景色が煌びやかだったように思える」

 「よく分からないんだ」

 フェンス越しの世界を見渡して見えたのは赤く染まった校舎と見慣れた景色だけだった。 そこには輝きも何もない。

「すべてが色褪せて見える。 ただの風景でしかない」

 フェンスを握り込んで体重を預けるとガシャンとした音が響く。

「なぁ、こいつは何色をしてる?

「たしか赤白黄色、青と」

「オレンジと青だな」

 俺の答えを言う前に作李は答えた。

「じゃあ、黄色の裏は?」

「……白?」

「ああ、そうだ。 じゃあこうすれば?」

そう言いながら全部をぐちゃぐちゃに回した。

「分からなくなるだろ? これが世界なんだよ」

「なんでこんな話を俺にしたんだ?」

「そりゃ昨日思いついて誰かに話したかったからだよ そこにお前がきた」

 俺は呆れ返ったような目で作李を見る。

「作李」

「先生をつけろ」

「先生、結局何が言いたかったんだよ」

「さっきも言ったろ。 世界は思ったより単純なのに何故か絡み合って複雑になるって。
 だから俺はルービックキューブに例えたんだ」

「先生って作家志望だったのか?」

「誰から聞いた?」

「いや、単にそう思ったから」

 作李はバレたかって思うような苦笑いをした。

「何事も揶揄して言葉を曖昧にするんだ。 俺は頭の中で物語を描いている。 描いて自分の手で蔑ろにする」

 作李はポリポリと頭を掻いて続ける。
 夕焼けはいつのまにか沈み込んで夕暮れを物語った。

「なぁ、もう一度聞くよ。 お前の世界は色褪せてるか?」

「ああ、全部色褪せる。 あの日から俺が変わらないように時間が止まって見えるんだ」

 作李は優しく笑いながら

「だからよ、願うよ。 お前の世界がもっと色褪せないように。 世界が煌びやかだったことを思い出せるように。 もっと今を見えるように」

 ただの単純な言葉だった。
 俺には祈りのように聞こえた。
 そんな単純な言葉が胸を打って心臓が速くなるようや気がする。

「それしかないじゃないか。 願いなんて儚くても祈られたいじゃないか……」

 そう言いながら彼の顔は泣き出す前のように歪んで、俺はその顔を見れずにいた。

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