枯れ葉

 死んでしまったことは思い出せる。
 どうやって死んだか、死んで方法は思い出せない。
 
 ただ漠然と死んだことは覚えている。
 動かすたびに走る脈動も自然と空気を欲する息遣いも、誰かを求めるさみしさも、確かに覚えていたが急に感覚として記憶できなくなった。

 死んだというのは揶揄だ。
 元々、生きているが分からなかった。
 産声を上げた時、生命の始まりに歓喜したという説やこの物語の残酷さに絶望したからだという考えもあった。
 どうでもいいとすら思える。熱は徐々に炭へとかわり熱を失うように俺自身の渇望もどこまでが本物なのかすら自分でもわからなくなった。



公園で一人の老人を見た。
いつも汚れたTシャツをまくり、白かった服はネズミのように煤だらけになり手足は汚れか傷が化膿したのかいびつな形をしていた。履いているサンダルは所々生地が見えていて鼻緒が無事であるのが奇跡とすら思える。
 彼は誰かが捨てたしわくちゃの新聞を見ながらベンチに座っていた。
 窪んだ相貌は鬼気迫るかのように文面へ向けられている。
 俺はただその老人を不躾な目で隣に座ってみていた。
 老人はポケットから安たばを取り出し、100円ライターで火をつけ煙を吐いた。 吐いた煙は禁煙と書かれたプラカードにぶつかり消えて行った。
 灰を落とすたび新聞に火の粉が当たったが気にしたそぶりも見せず唾のついた手で消しズボンで拭いていた。
 これは俺だと漠然と思い続けながら見ていた。


「別れようと思う」
 そう口にできたのは彼女がいなくなったからなのか、この関係にうんざりしてきたのか自分がもうどうしようもないと判断したのか。
「そっか……なんとなくね、言われるような気がしてたんだ。 前向きになれたのも君のおかげなんだ」
 俺のどこを見て前向きになれたのかわからない。反面教師でいたのか、はたまた本当に癒しとなっていたのかすら。
 彼女は傷ついた顔を隠すように笑って俺の元から離れた。
 俺は彼女からもらったコップを捨てずに机に置いていた。


 盗みがった。
 本人は刑務所に入りたかったと言っている。
 テレビで流れていた映像はいつか見た老人だった。
 老人はどんな思いで盗みに入りあんな格好で人を脅したのだろうか。
 老人はもうあの公園で安たばこを口にすることはできないのだろうなという感想だけが浮かんで消えた。


 彼女に別の恋人ができたという噂を聞いたのは人づてからだ。
 そのことに関しては特に思うこともなく、うまくやれよなんて上から目線の言葉が浮かんだりもした。
 数年後SNSをたまたま見ると子供の写真になっていた。その時俺はなんとなしに首を吊る準備をしていた。
 よかったな、幸せになれたのか。そんなちんけな感想しか出てこなかったことに安堵して忘れ物を捨てに行った。
 彼女からもらった俺の名前入りのコップを燃えないゴミに捨てた後、いつもの薬を飲んで首を吊った。

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