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【エッセイ】宵越しの金を持てなかった話

 中島みゆきは歌っていた。「どんな立場の人であろうといつかはこの世におさらばをする」と。その通りである。われわれはたまたまこの世のこの場所に席を得た過客にすぎない。時がくればまたどこかへ旅立ち、その場所を誰か別の者に譲らねばならない。

 それは人に限ったことではない。どれほど大切に保管された貴重な文物といえど、いつかは朽ち果て、消えていく。それはこの世の定めである。それはわたしも重々理解していた。理解していたはずだった。しかしいざ自分がその面前に立たされると、なにも今じゃなくてもいいじゃないかと愚痴のひとつも言いたくなる。

 どういうことかというと、我が家に二台あるエアコンが二台とも時を同じくしてお亡くなりになったのである。

 そのうちの一台は去年の冬から兆候があったのだ。暖房を入れるとベランダに置いた室外機がガタガタと揺れ出し、そのたびに暖房を消すということを繰り返していた。

 この段階で対処していればよかったのだが、春がきてエアコンを使わなくなったら面倒くさくなり、冷房は効きは弱くなっていたもののそれなりに使えていたので、もう一冬くらいなんとかならないかと思っていたのだが、だめだった。急によそ風程度の温風しか出なくなってしまった。

 もう一台については、こちらは問題なく使えていたのだが、しかしある日突然、暖房を入れてもまったく動かなくなってしまったのだ。ちなみに冷房は問題なく入り、冷え切った部屋に冷風を吹き込んでくれた。

 製造年月日を見てみたら二〇〇六年だったので、むしろ長く持ってくれた方だとは思う。思うけども、ねえ?

 そういうわけで私は最寄りの家電量販店に駆け込んだ。すると八万円のエアコンが七万円(税抜き)に値引きされていた。しかも期限は今日までだ。さっそく私はそれを二台購入することにした。

 だが、ここで問題が発生した。店員によると、十数年前から規制が厳しくなり、エアコンはエアコン専用のコンセントでないと使えなくなっているとのことだった。

 これを聞き、私はまずいと思った。前代のエアコン購入はその規制強化の過渡期に当たるからだ。つまり、普通のコンセントを使っている可能性があるのだ。

 コンセントなど気にもしていなかった私は一度自宅に戻り、確認することにした。すると、一台は専用コンセントだったが、もう一台は普通のコンセントが使われていた。

 そこで管理会社に専用コンセントの増設をしていいか問い合わせた。そのとき時刻は十三時だったのだが、担当者が忙しいとのことで折り返し電話をもらうことになった。しかし十六時になっても連絡がないためふたたび電話すると、あっさり担当者につながった。おいおい。

 担当者いわく、自費で工事してもらう分には構わないとのことだった。そこで私はふたたび家電量販店に出かけ、エアコン購入に合わせて専用コンセント増設工事も申し込んだ。下見と工事の日取りを決めたのだが、これでひと段落とはいかなかった。翌日の出勤途中、工事の日に脳神経外科に予約を入れていたことを思い出したのだ。

 私は十月下旬から右耳の奥がキリキリと痛くなるという謎の症状に悩まされているのだが、耳鼻咽喉科ではなんともないといわれ、脳神経外科にかかることにしたのだ。私はそのことで頭がいっぱいになってしまい、赤信号を無視して幼稚園の送迎バスの前に飛び出してしまった。本当にごめんなさい。

 耳の痛みと室内がクソ寒いということを比較したところ、後者のほうが差し迫った危機であると判断し、私は病院の予約を入れ直すことにした。

 こうして業者に下見にきてもらったのだが、ここでも問題がふたつ発生した。ひとつは室外機を置くベランダの段差を埋めるため、下にかますブロックなりレンガなりを急遽買わなくてはならなくなったことだ(今までは直接置いていたため、ガタついていた)。もうひとつは、業者に見てもらうため数か月ぶりにカーテンを全開にしたところ、窓ガラスに大きなひびが一本入っていたことが判明したのだ。

 工事を四日後に控え、私はブロックを探すことにした。しかし自宅の近くでは売っているところがない。アマゾンで検索してみたが、ちょうどよい高さのブロックがほとんどなく、しかも配達が工事日に間に合わないことが判明した。このため、さらには慣れたところのホームセンターに探しに行かなくてはならなくなった。すぐにエアコンを取り付けてほしくて工事日を直近にしたのだが、まさかこんな伏兵が潜んでいるとは思わなかった。

 私は近隣のホームセンターをすべてめぐる覚悟をしていたのだが、幸いにも最初に立ち寄ったホームセンターで手ごろなブロックが見つかった。それにしてもコンクリートブロックって見た目は小さくても結構重いんですね。駅から家に運ぶだけでも手がちぎれるかと思った。

 こうしてエアコンの工事を終えたので窓ガラスの交換である。お馴染みになった管理会社に電話をすると、担当者は非常に忙しいので翌日折り返し電話をもらうということになった。しかし私も仕事で日中電話を取れないので、さらに翌日に私から電話をかけなおした。

 担当者から建設会社を紹介してもらい、さらに建設会社からガラス店を紹介してもらう。そのガラス店に電話をしたところ、年内は予約で埋まっており、一月も中旬にならないとこれないという。仕方なく自宅近くのガラス店を探して電話すると、その日のうちにきてくれることになった。今までの電話待ちの日々はなんだったのかというスピード感だ。

 こうしてようやくすべてのトラブルが片付いたのだが、今月だけで
 エアコン代+撤去費用+工事費用=十八万円
 脳神経外科でのMRI代=六千円
 窓ガラス代=一万六千円
 が飛んだわけで、まあけっこう痛い。ちなみにMRIで脳を撮った結果、特に異常はありませんでした。なんなんだろうか、この痛み。

 お金に余裕があったらやりたいなあと思っていたことは全部ご破算になったので、おとなしく十二月は積読を崩していくことにします。

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