予習指導のあり方を考える②(英語の授業計画)

高校のリーディングを主に扱う英語授業において、予習はどのような位置づけであるべきか。前回の投稿に引き続き考えます。

篠ヶ谷圭太(2022)『予習の科学』に示されている調査によると、中高の英語授業においては、他の教科よりも予習の指導が行われており、また復習よりも予習の方が指導されている割合が大きいようです(p. 45)。校種、学力層、指導スタイルなどによる違いはあれど、日本におけるスタンダードな高校英語授業では、予習の指導がよく行われているようです。

そこで、高校での英語授業のあり方を考えるために、予習を前提とした授業のメリットとデメリットを考えていきます。念頭にあるのは「英語コミュニケーション」の授業のような、検定教科書などの読解教材を用いながら勧めていく授業です。入試問題の演習授業などは想定していません。

予習を前提とした授業のメリット

まず、予習を前提とした授業のメリットを考えてみます。

第一に、授業進度やインプット量の点が挙げられます。リーディングの授業においては、予習を前提にしておけば授業内で読む時間を設ける必要がないので、進度を進めることができるでしょう。結果として生徒が得られるインプット量を増やすことができるかもしれません。

また、読むのが遅い生徒を待たないで済むのも、授業進行上のメリットの一つでしょうか。授業中に読む時間を取ると、どうしても生徒によって読み進めるスピードが異なるため、早く読み終わった生徒は全体が読み終わるまで待たなければなりません。読む時間を授業外にすれば、生徒各々のペースで読んでくることができます。

教員側からすると、予習を前提とした授業設計の方がしやすいというメリットがあるかもしれません。生徒が予め読んできた文章について解説する、あるいはその文章を使った活動を行うなど、教科書を授業の中心に置いた授業設計がしやすいのではないでしょうか。

また、予習をしておくことで生徒の授業中の学習が深まることも指摘されています。生徒が前もって授業で扱われる学習内容を把握しておくことで、疑問点をあらかじめ明確にしておけるため、授業中に自分が必要な知識・情報の獲得に集中できます。(篠ヶ谷, 2022)

英語授業で予習を求めるのは、進度や授業進行上のメリットが大きいかもしれません。ただ、予習と授業のあり方を工夫することで、授業中の生徒の学びを深めることができる点も、見過ごしてはならないと思います。

予習を前提とした授業のデメリット

では、予習を前提とした授業のデメリットは何でしょうか。

まずは、前回の投稿でも触れましたが、「導入」が行えないことは大きなデメリットであると感じます。教師によるoral introductionやvidual aidsを使った導入は、これから学ぶ題材や文章へ生徒を動機付けするために欠かせないプロセスです。なんの動機付けもなしに「次回までに○ページまで読んでこい」では、主体的な学びを引き出せるとは言えないでしょう

また、授業で扱う英文を予め読ませてしまうと「ネタバレ」にもなってしまいます。授業中にテキストから得られる新たな発見を共有し、読むことの楽しさを経験させたい、と英語教師なら誰もが思うのではないでしょうか。予習で文章を読ませてしまい、その「新たな発見」の感動を授業中に生徒たちと共有することができないのは、寂しいものではないでしょうか。

この「ネタバレ効果」とも関連しますが、予習を前提とした授業となると、授業がどうしても「答え合わせ可」してしまい、主体的で深い学びを引き起こしづらいのではないでしょうか。生徒は受け身の姿勢で、教師による「正しい答え」を聞くための授業に臨むことになってしまいます。入試演習などの限られた場面を除き、これは英語授業にとっては望ましくないことでしょう。

校種や学年によっては、生徒への負担を考えたときに予習前提が望ましくない場合もあるでしょう。毎回の授業に予習が課された場合、生徒たちは他教科の学習や部活動他とのやり繰りの中で予習に臨んできます。そうした負担を考慮した際に、予習をして授業に臨むということが必ずしもベストではないでしょう。この観点からすれば、予習は最低限としながら、各自のペースで復習に力を入れることのできる授業設計が魅力的ではないでしょうか

また、授業運営の観点から言うと、予習をしてこなかった生徒の扱いが難しくなります。それだけでなく、「予習をしてきた」と言っても、その取り組み加減は人それぞれです。念入りに辞書を使って一文一文の意味を丁寧に取り、疑問点を明確にしたうえで授業に臨む生徒と、一方で課された文章を一通り斜め読みしただけで「予習をした」と言う生徒が混在する中で授業を進めていくのはなかなか難しいことです。発問に予習をしてこなかった生徒や予習が不十分だった生徒が答えられずに授業がストップしてしまうという気まずい雰囲気は、誰しも避けたいものでしょう。

最後に、私が予習を前提とした授業の最も大きなデメリットだと思うのは、読み方の指導ができないことです。
英語の授業ではリーディングのスキルとして、様々な読解方略(reading strategies)を指導し、経験させることで生徒の読解力を養うことを目指したいものです。未知語への対処(推測)や、トップダウンでの意味構築、scanningやskimmingといった精読だけでない多様な読み方などを、教師の支援をもとに経験し、読み方を学ぶ授業を展開したいものです。

実際に読むという活動を授業外に行わせた場合、生徒の読み方を教師がモニターすることはできなくなってしまいます。多くの生徒は一文一文を辞書を使って丁寧に読み、ボトムアップで読むことになるでしょう。木を見て森を見ずの読み方を助長することになるかもしれません。あるいは生徒によっては、もしかすると翻訳ソフトに頼って「予習」を済ませてくるかもしれません。

授業中に初見の文章を読ませ、読み方の指導をする。予習を前提とした授業にした場合、その要素を採り入れることが難しくなってしまいます。(もっとも、予習を課した文章とは異なる文章を授業中に初見で読ませるような場合は別ですが。)

予習を前提とした授業のまとめ

以上、予習を前提とした授業についてメリット・デメリットを考えてみました。改めてまとめてみます。

まず、授業前に予習を課すことのメリットは、以下のようなものが挙げられます。

  • 授業進度やインプット量を担保できる。

  • 読むのが遅い生徒を待たずに授業を進められる。

  • 授業設計がしやすく、教員の負担は軽めの場合が多い。

  • 学習内容について深い理解や思考が期待できる。

一方、予習を課すことのデメリットには、以下のようなものが考えられます。

  • 題材や文章への導入が行えない。

  • 内容のネタバレになり、授業中に新たな発見や感動を与えにくい。

  • 授業が答え合わせ化し、生徒の受け身の姿勢を助長する。

  • 生徒に一律の負担を強いることになる。

  • 生徒による予習度合いの違いへの対応が難しい。

  • 読解方略の使用観察と指導ができない。

以上は、完全に網羅的というわけではありませんが、理解と議論のためにはそれなりに十分な材料を示すことができているのではないでしょうか。

予習を前提とした授業のメリット・デメリットを考えてみましたが、この逆を考えれば、必然的に予習を前提としない授業のことも見えてきます。私はここで、必ずしもどちらかの優位性を主張したいわけではなく、それぞれが一長一短であることを理解しながら、授業を設計するべきだと考えます。大切なのは、予習の「有無」ではなく、予習(家庭学習)をどう位置づけるか、何を目的として予習を課すのか、ということだと思います。「予習」「授業」「復習」を有機的に結びつけて、より良い学びへと生徒を導くためには、予習のもたらす効果を意識して授業設計を行いたいものです。

(参考文献)
篠ヶ谷圭太(2022)『予習の科学』 図書文化


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?