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むかしむかし、SSアルバイターだった②〜ボンネットはバンッ〜

私がガソリンスタンドでアルバイトをしていた、ある日のこと。

「すみません、給油口の開け方が分からなくて」

そう話を切り出したのは、華奢で小柄なお姉さんだった。

……よっしゃ、それはもう履修済み、朝飯前とガッツポーズ。
「伺います」と意気揚々と向かう。
だが、そこにあるのは、なぜかボンネットが半開きになった、白いイカつい大型ミニバン(大型のミニとは?となってしまうガソスタ勤務に不向きの人間)。
……ってか車、イカつい。

「給油口の開け方が分からなくて、いろいろ押してたら、給油口は開いたんですけど、ボンネットも開いちゃって。どうやってこれ閉めるんですか?」

……知らん。
なんせ、ボンネットなんて、生まれてこの方開けたことも閉めたこともないのだ。
……助けて、誰か、車に詳しい人!  それか、次のシフトの人、うっかりシフトの二時間前に来て!

冷や汗ダラダラで、「あー。そこ上から押さえてみたらどうでしょう」と、見た感じで思いついた提案をしてみる。

ボンネットの上に手を伸ばすお姉さんだが、変なロックか何か、かかっているのか、力を入れていないのか、入らないのか、全くもって閉まらない。
……ってか。

『羨ましい低身長ー! かわいいー! そして車イカついー!』

「うんしょっ」なんてかわいらしい効果音を付けたくなるほどの、お姉さんの動きに、心で叫んでいたら、お姉さんの視線を感じた。
明らかにその目は「なんで見てるだけなんだ」と、訴えている。

……お客様の車には触れないんですって! そんな真っ白ピカピカのイカつい車には特に!

一向に閉まらないボンネット。
お姉さんが常に近くにいて、ググるという技を封じられた私は、必死で頭を回す。

その時、ボンネットを「バンッ」と閉める映像、または音声を、思い出した気がした。
ボンネットはバンッ……。
ボンネットはバンッ。
そうか! ボンネットは「バンッ」って閉めればいいのか!
どうやるのか知らんけど!

「バンッ」と閉めるにはそれなりの高さがいるはずだ。
この半ロックのような状態ではまずムリだろう。
そう考えた私は「あの、もう一度ボンネット開けるとこ押してもらえません?」と、内心ドキドキしながら提案する。
こんなイカつい車、壊れたら、傷ついたら、どうしようかと不安でたまらない。

お姉さんと私の前には、大きく開いたボンネット。
さあ、いざ参らん。

「ボンネット持って、ゆっくり降ろしてもらって、程よいところで手を離してみてください」

そう説明すれば、お姉さんは上がったボンネットの左端に手を伸ばしつつ、私を見た。

……え?
……それは、右側は私が持てという意味ですか? 
……だから私は……って、お姉さん、背伸びしてるぅかわいいんだからぁぁああもう、仕方ない!

手汗をゴシゴシと服で拭い、ボンネットの右側を持って、二人で下げていく。
共同作業とはいえ、だんだん重たくなってくる。

「じゃ、この辺で離しましょうか」

「え?」

「あの、手。手を離しましょう」

「え?」

重さに耐えきれず、だんだんと下がってくるボンネット。もう残り十センチもない。

「あの、早く。せーので離しましょう」

「え?」

なぜ分からない。そしてなぜ離さない。
まだ、あなたさえ離してくれれば、私はその後に離せるんよ。
お客さんの車傷つけるより、お姉さんの指挟む方が大事件に決まってるから、私はあなたが離すまでは絶対に離せんのよ!!!

「カチャ」

初期位置半開きに戻るボンネット。
小さなスタンド内に、新たに車が入ってくる。
もう、このお姉さんだけに構う暇はない。
私は覚悟を決めた。目が据わり、肝が据わった。

「もう一度、ボンネット開けてもらえますか」

再び口を開けるエンジンルーム。
私は中央に陣取り、手を構える。

「離れててください。触っちゃダメです」

そのセリフ、AEDを使う医者の如く。
その心境、扇の的を狙う那須与一の如く。
ボンネットに手をかけ、ゆっくりと下げ、ここぞという時に手を離す。
まるで、高温の油に、おっかなびっくりコロッケを投げ込んだ時の手の引き方だった。

「バンッ!」

大きな音と共に、ボンネットが僅かの隙間もなく、しっかりと閉まる。
……よし、多分これでいい。これでいいのだ。(天才バカ)ボンネットは閉まり、お姉さんの指は無事だ。
あとはこのピカピカイカつい車が壊れてたら、後でクレーム付けられて弁償するだけだ。(結局クレームは来ないまま、店舗が閉鎖した。断じて私のせいではない。上の方の事情である。言えば言うほど怪しまれるだろうが、私のせいではない)。

「ありがとうございます!助かりました~」

喜び混じりのお姉さんの声にハッとする。
その顔は一仕事終えたかのように満足げで、幼顔がかわいい。
きっと、今の私と同じ顔だろう。なんとか無事にやり切った充実感に満たされ、もう事務所へ戻るだけ……。
いや、まだだ! 

「それでは給油の方、お願いします!」


本当に、マジで本当になんにも知らない、自分より頼りにならないお店の人が、この世にはいる。(知らんなら知らんって言えって、怒られそうだけど、いざ知らんって言うと怒られるから言えない)。
Google先生に聞いた方が確実。
という教訓が引き出せる昔話。

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