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人間きっと失格

推しの多い生涯を送ってきました。
私には、アイドルに触れない生活というものが、見当つかないのです。

アイドルをテレビで初めて見たのは、
私が4歳の時でした。
モー◯。と一緒に踊るため、
同じ舞台衣装に着替えた岡村さんを見て、
親父は「ないない」と呟いていました。
私はお笑いに真面目に取り組んでいる岡村さんを素敵だと思いましたし、いつか自分はこういうおじさんになりたいと思ったので、次の選挙から親父抜きで投票行って外食しました。

勉強は苦手でした。
幸運なことに私を受け入れてくれる高校がありましたが、中学の卒業式で制服の胸のボタンを下級生達にねだられなかったことが心残りで、義務教育をやり直したかったのです。
なので高等教育にはあまり乗り気ではありませんでした。

入学式の日、皆が喜びに満ち体育館前で整列している中、私はひとり私立◯比◯中学への転入を考えていました。
永遠に中学生でいたかったのです。

周囲の説得もあり通学を続けることに決めました。涙の花びらたちがはらはらと散ってゆく様子を見て、切ない気持ちが広がっていきました。

そして、憂鬱な梅雨を乗り越えた私達に夏が訪れました。夏休みの予定を考えるだけで、
笑顔が止まらない。踊る心も止まりません。
推しの元へ今すぐ走りたくなりました。
しかし、その前に唯一の面倒事である期末テストが待っていました。

長丁場のテスト期間が終わると、
ようやく夏の扉が開ける気がしました。
封印していたパソコンを開くと、
世界にはフレッシュ!な情報が溢れている。
ツイッターという名の夜空にお推し様がキラリ輝いていました。なんてったってアイドルですから360°どこから見ても可愛いのです。
アイドルフェスへの出演が決まったとのことで一生懸命に告知をされていました。ひたむきな姿勢を見て、ドクターストップがかかるほど恋落ちしている私は、チケットの抽選を申し込むのでした。

オークションを使わず自力で天国への切符を掴み取った私は機嫌良く登校しました。
後ろの席に座ってイヤホンで何かを聴いているハマ子に、図々しく話しかけて、何を聴いているのか尋ねてみました。
彼女はラ◯ク『STAY AWAY』を聴いているようです。私の脳裏にはスーツ姿でコミカルなダンスを踊る4人が浮かんできました。

かつて私は中学時代にギターを嗜み、音楽に深い愛着を抱いていました。
生粋のロックンローラーであり、
SとEとXの3つのコードしか覚えていませんでした。
ハマ子は私と仲良くしてくれる唯一のクラスメイトでした。
彼女は映画に詳しく、有名な女優の乳房が見られる作品をたくさん教えてくれました。
見えないものを見ようとしてPor◯hubを覗き込んだ私はおっぱ◯観測に見事成功しました。
翌日、喜びのあまり、私は幕張メッセで13歳の手を握ることだけに生きがいを感じていることを彼女に打ち明けました。

彼女と音楽について熱く語るのが好きでした。
まるで陰キャのハマス◯放送部みたいで面白かったのです。番組を収録しているときの私達は教室内で異質な空気を放っていました。
提出物にこれでもかと誰も知らないゆるキャラスタンプを押してくるヤバい担任ですら近寄ることができませんでした。

ある日、ハマ子から人気バンドが集うロックフェスへの誘いを受けました。
残念ながら、私の財布の中はアイドルフェスのチケット代を支払ったために空っぽになってしまいました。
そのため、法事を理由に断らざるを得ませんでした。

心の中で「すまん、ハマ子。」とつぶやきながら、所属している文芸部の部室に向かいました。そこで、新たな展開が待っていました。

ギターをやっているというマッシュルームカットのマツ子には、
「バンドを組んでいる」という大きな嘘をついていました。
Gコードよりも自慰行為が好きだった私が、
バンドを組めるはずがありません。

そんな彼女が嬉しそうに、
「ベースを買ったんだ。」と携帯の画像フォルダを見せながら自慢して来ました。
弾ける曲がないということだったので、
ラ◯ク『STAY AWAY』をお勧めしました。
きっと良い経験になることでしょう。

顧問が部室に入ってきたので、
会話を切り上げようとしたところ
「ところで夏フェス行くの?」と予想外の質問が飛んできました。
私は「行きますよ。」と答えました。
君が一生行かないアイドルのやつだけどね。

すると彼女は「今ちゃんも来るけど、一緒に行かない?」と誘ってきました。
私は「いいですね。行きましょう。」と答えました。
同じ部活の人からの誘いは、
空気の読めないオタクの私でも断ることができませんでした。

その日の夜は、眠ることができませんでした。
冷静に考えると、男1:女2でフェスに行くわけがありません。
もう一人、誰が来るか予想もできました。
「今ちゃんのお友達の、バレー部の東野君ですか…。」

私は1軍の彼が大の苦手でした。
何故ならば芸人イジリで笑いを取る番組のノリをリアルに取り入れてくるからです。
もしも彼が、意味不明なタイミングで、
「からのー?」のトスをあげてきたら、
私には面白いアタックが打てないだろうと思いフェスに行くのが嫌になりました。

そして、一番最初に誘ってくれたハマ子の顔が脳裏によぎります。
私が今からやろうとしていることは、昼休みにひとりで食事をしていた私に優しく話しかけてくれたハマ子への裏切り行為です。
もし、ハマ子がそれを知ったらと思うと体が震えました。
翌日、マツ子には「他の用事が出来たから行けない」と偶然を言い訳にして断りました。それ以来、マツ子は私に話しかけて来なくなりました。

そんな私にも夏休みは平等にやって来ました。
モッシュをしたい気持ちを抑えながら、
世界一かわいいお推し様へ、
拳の代わりにサイリウムを振りました。

――雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち 恋愛欲は無く  
推しに熱愛報道があっても決して怒らず
いつも静かに笑っている
みんなにオタクと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに 私は なりたい

人間、夢中になるものがあると、すごい速さで季節が過ぎ去ってしまうものですね。
高校3年生の春がやってきました。
ハマ子と同じクラスになりましたが、
彼女には大きな変化がありました。
正式に彼氏ができたようです。

ついに自分の殻を破った彼女は、
1軍の女子たちとも積極的につるむようになりました。

会話の内容を詳しく書くと、未成年が読めなくなってしまうから省略しますが、彼女は彼氏に相当いろいろなことをされているようでした。

陰キャのハマスカ放送部の収録はなくなり、
2人の気持ちがバラバラ大◯戦になってしまいましたが、まあ、これからは自分の席で、
私一人で黙々と食事をすればいいでしょう。
しかし、それもうまくいかなかったのです。

昼休みに、1階の購買へ行きました。
3階に教室がある3年生にとっては、
これはもはや買い物ではなく、
軽めの筋トレであります。

のんびり歩いて行ったことを後悔しました。
すでにお目当てのハンバーガーは売り切れていました。
代わりに余っていたサラダサンドを買って教室に戻ると、自分の席には一度も話したことのない見知らぬ女子が座っていました。
許可した覚えはありませんが、他人の机の上にポロポロ溢しながら、スナック菓子をゆっくりと味わっています。
とても今から「どいてくれ。」とは言えない雰囲気です。

教室内を見回すと空いている席が一つ見つかりましたが、机の上には遊◯ミツバチのCDが置いてありました。
一時期、音楽プレイヤーにミツバチだけのプレイリストを作るくらい大好きな曲でしたが、
ジャケットに映っていたミツバチに「草食系とかマジ勘弁」と言われている気がして、私は教室に入ることが出来ず仕方なく部室に行くことにしました。

職員室で鍵を借り、部室でゆっくりとサラダサンドを食べる私。
そこへ5分もしないうちに担任がやって来て
「お前、何をしているんだ。」と怒った顔で訊ねられました。
私は正直に経緯を説明しましたが、
彼はそのとき物凄く不機嫌なようでした。
趣味の競馬で負けたのでしょう。
「お前、今の調子では将来が心配だ。働くのは厳しいだろう。」と忠告をされました。
教室にも部室にも居場所がない事実を突きつけられた私は、その夜一睡もできませんでした。

翌日、世界で一番孤独な Otakuは、
校内芸術家としての活動を始めました。
いろんな教室の黒板に、学校教育に対する批判や平和への祈りを込めて、筋肉ムキムキのアンパ◯マンを描いて回りました。 

そして、迎える昼休み。
授業が終わるベルが鳴ったら、
私は教室から真っ先に飛び出て行こうと思っていました。
漆黒の闇が来るからです。

狙うはハンバーガーという名の微かな星。
絶望の1秒前
、後ろ足のかかとを浮かせる私。

ピストル代わりに誰かが鳴らした
クラッカー
の音がこだますると、
一斉に生徒達が購買目指し、
教室から飛び出していきました。

後半に勝負をかけるため後方集団に入る私。
途中ライバルの男子生徒とぶつかりましたが、彼は謝りもしなければ特に変わった様子もなく去って行きました。

きっと私の存在を認識していないのでしょう。
ショックで膝から崩れ落ちそうになりかけた
その時、スピーカーから親しみのあるポップでグルーヴィーなサウンドが流れてきました。

ラ◯クの『STAY AWAY』が校内放送でかかったのです。
まさか、自分が散々つまらないとdisってきた校内放送に救われる日が来るとは思いませんでした。
天気と占いの話題だけで1時間を乗り切ろうとする甲高い声の放送委員を今日だけは日本一のパーソナリティとして認めることにしました。

自由で軽快でありながらも芯の強さを感じさせる思い出の曲を聴いて、まるで翼が生えたかのように心が軽くなりました。

先頭の陸上部の板尾君が、
旋風のようなスピードで駆け抜けていく。
しかし、後方から強烈な追い上げを見せるのはダークホース 吹奏楽部の蔵野君。
彼には校内上位レベルの運動神経、
そしてトロンボーンで鍛えた持久力があります。

これはもはや買い物ではなく、
れっきとしたスポーツであります。
絶対に負けられない闘いが、
ここにもありました。

みんな、忖度と不正だらけの体育祭の時とは
別人の表情で走っています。

――余り物でいい、
などと気のいい事は言って居られぬ。
私は、己の精神に褒美を与えなければならぬ。
いまはただその一事だ。
走れ!オタク。

激しい闘いを終えた私は、
ついに徹夜の末に生まれた奇策を講じました。

昼休みの美術室付近は人気もなく閑散としていました。周囲を見渡し、誰もいないことを確かめてから速やかにトイレに入りました。
もし、ここで判断を誤り、誰かに入っていくところを見られたとしたら?
それでも問題ない場所を選んでいるのです。

昼休みに美術室に訪れるのは、私のように
一軍に虐げられている二軍三軍の美術部です。
「ああ、このひとも、きっと不幸な人なのだ。」と思ってくれるでしょう。
不幸な人は、ひとの不幸にも敏感なものなのだから。

抜け出した大地で自由を手に入れた私は、
トイレの個室に鍵をかけ、ポケットに忍び込ませたハンバーガーに貪り付く。

人間、きっと失格。
もはや、自分は、完全に、
人間で無くなりました。


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『人間きっと失格』配信中。
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