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日本人の心 19 忖度

伊藤詩織さんの事件をご存知でしょうか。元TBSのジャーナリストY氏に性的暴行を受けたと訴え、刑事訴訟では不起訴という不当な扱いを受けながらも民事訴訟で勝訴したあの伊藤詩織さんです。彼女の書いたブラックボックスという本も読みましたが、実態は本当にひどいものでした。所轄の警察が監視カメラを確認し、逮捕状まで取ったのにY氏の帰国時、逮捕直前に本庁の刑事部長の指示により逮捕状が取り消しとなりました。その時の刑事部長が今回の安倍さんの事件で責任を取って辞任した中村格警察庁長官です。当時安倍さんの友達だったY氏を忖度したのではないかと疑われ、本人は自分の判断だったと逮捕状の取り消しそのものは認めています。(所轄の暴行事件に本庁の刑事部長が介入することだけでも異例ですが。)その後安倍政権で出世し、ついに昨年9月警察官僚トップにまで登りつめた中村氏に取っては今回の辞任はなんとも皮肉な結末となりました。

私にはこの時、刑事部長の中村氏本人が忖度したとは思えませんでした。当時内閣情報官だった警察官僚上がりのK氏が安倍さんに忖度し安倍さんの友達を助けるよう後輩にあたる中村刑事部長へ指示したのだろうと私は思っています。安倍さんに報告したかどうかは分かりません。逆にY氏に泣きつかれた安倍さんがK氏に指示した可能性もゼロではありません。サラリーマンだった私にはこの「忖度」という意味が手に取るように分かります。優秀な人は1を聞いて10を知ると言いますが、一言言えばそれから推察して10倍のことをする、上司が「これをやっておいてくれ」と言ったときにすでに「手配してあります」と言えるのはサラリーマンとしては最高の言葉なのです。これで上司の評価は確実に上がります。そして部下として優秀だと思ってくれるだけでなく、きっと俺のやろうとしていることをよく理解した味方だと思ってくれるのです。評価だけが出世の早道だとわかっている優秀な国家官僚はまさにこの「忖度」で生きていると言ってもいいでしょう。私の大学の同期で橋本さんが運輸大臣だった時に大蔵省から出向し政策秘書をしていた友人がよくそんな話をしていましたが、忖度の出来ない国家公務員などいないのです。西村経産大臣の取扱説明書が話題になりましたが、そんなことなど官僚の世界では当たり前のことなのです。

もう40年前のことですが私がシドニーに駐在していた頃、本店の社長がシドニーへ出張で来ることになりました。本店の秘書室からは現地の総務課へ事前にいろいろ細かい指示がありました。社長は朝食はお粥しか食べないので必ず用意して置くこと、当時社長が泊まる一流ホテルにお粥などあるはずもありません。仕方なく総務課長の奥さんが作って毎朝ホテルまで届けることになりました。社長のカラオケの十八番は津軽海峡冬景色なのでカラオケテープを用意して置くこと、決して津軽海峡冬景色を先に社員が歌わないように徹底せよなどなど本当に細かい指示でした。若かった私はなんで世界をまたにかける商社の社長が海外でお粥を食べてるんだと憤ったものでした。社長との夕食会の席で私は社長になんで朝はお粥しか食べないんですかと聞いて見ました。ところが社長はいやいや何でも食べるよと言うのです。でも本店から指示が来ているみたいですよと言うと社長は側にいた秘書にどういうことだと問い詰めていました。確かに一度海外で手作りの朝粥を食べた時に海外でお粥はありがたいなと言ったことはあるそうです。でもそれはお礼の意味で言ったのでお粥しか食べないなど一言も言っていないと言うのです。今度は秘書室が真っ青です。それ以来、社長の取扱説明書はなくなったと聞きました。

忖度が一概に悪いとは思えません。よく言えば思いやりです。相手のことを考えて最善の方法を見つけようとしているのです。問題はその動機です。出世欲に負けてしまい、悪いことだと知りつつやってしまうことが問題なのです。おっちょこちょいの安倍さんが国会で森友学園に妻や私が関わっていたら首相どころか議員も辞めるとまで言ってしまったから、忖度をしていた理財局長は大慌てでした。結果として昭恵さんの名前を一切の書類から消すように関西財務局まで指示せざるを得なくなりました。そして最後には人一人の命まで奪うと言う悲惨な結末になってしまったのです。

海外にも忖度がない訳ではありません。それどころが上司が部下を簡単に首に出来るアメリカではゴマスリや忖度のし放題です。でも部下は辞める権利もあるし、転職も比較的簡単なので、出世欲に目がくらんで悪いことに目をつむることはあっても悪事に手を染めるところまではなかなか行かないのだと思います。きっと官僚の世界や一流企業で既に出世し辞める選択肢が少ない状況では今だに毎日いろんな忖度が行われているのでしょうね。


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