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お雛祭り

雛祭りは男三人兄弟で育った私にとっては自分に娘が出来るまでは全く縁のない日でした。その娘も八才までほとんど豪州で育ったので特別に雛祭りもやっていませんでした。

日本に帰り社宅住まいとなった我が家に義理の両親から七段の雛人形が届いたのは娘九才の春でした。勿論雛祭りには娘の六畳の部屋はその七段の雛人形で占領されました。

雛人形タイで余生の唐行きさん(ひなにんぎょう:仲春)

娘が14才の時にバンコックに転勤となり、雛人形もタイに渡りました。でも帰る頃には娘も大学生になる直前だったのでバンコックで住んでいたマンションのオーナーにプレゼントしました。日本情緒たっぷりの人形にオーナーの奥様は飛び上がって喜んでいました。

バンコック居間にはずっと雛人形(ひなにんぎょう:仲春)

バンコックの家はやたら大きかったのでリビングに置かれた七段の雛人形は片付けることもなく一年中お人形として飾られていました。いつまでも飾っていると結婚が遅れるようなことを聞いたことがありましたが、娘は20代でしっかり結婚出来ました。

雛あられ弟食べてつかみ合い(ひなあられ:仲春)

雛あられだけは自分の為という意識が強いのか、普段、面倒見のいいお姉ちゃんですが、さすがに怒っていましたね。そう言えば昔は菱餅というのもありました。

雛人形置き方忘れ日の暮れる(ひなにんぎょう:仲春)

自分で雛人形を飾り付けた記憶はほとんどないのですが、やった時も説明書片手に悪戦苦闘でした。

はじめに内裏雛を描いて見たのですが、顔はまずいしお姫様の着物の色も綺麗ではないので一旦ボツにして、顔だけのお姫様を描いてみました。でもこちらはお局様になってしまい、もうこれ以上お雛様を描く元気も残っていないので今日は二枚で一枚分です。

ところで内裏様の男雛は関東では向かって左ですが、京都では向かって右なんですね。びっくりです。


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