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「トゥルクに恋する」2023年12月15日の日記

50-1

・今日は災難続きの日だった。

・まず、これだけは自分のミスなのだが、飛行機を危うく乗り間違えそうになった。
ロンドンからヘルシンキまでの飛行機を予約し、スウェーデンでの乗り換えだったのだが、スウェーデン-ヘルシンキ間は1時間に1本と言っていいほど航空便が多い。

・航空券に記載されていた「搭乗受付時間」を「飛行機の出発時間」だと勘違い。
運悪く勘違いした時間に偶然出発する飛行機があり、慌てて空港内のバスで移動。

・搭乗口でスタッフに指摘されてようやく気づき、バスを使用してまでやって来た道を、再度バスを使って戻らなくてはならないことに絶望。1人っきりの待合室にわたしの嘆き声が響き渡る。

・このロスにより、本来乗るべきだった飛行機に間に合わないかも知れないという焦りが胸をよぎる。「いっそ遅れてしまえ」と願う。

・15分ほど前に会ったばかりのバスの運転手に謝りながら元のターミナルへ。すると、願いが通じたのか飛行機が1時間遅れになっていた。

50-2

・しかし、不幸の連鎖は終わらない。
今度は飛行機の遅延のため、空港からトゥルクに戻るまでの電車に間に合わない恐れが浮上。
しかも翌日は、フィンランドにとって超超レアなストライキの日で、ヘルシンキの鉄道が一切運行しなくなる。

・フェリーの運行中止、空港の爆弾予告、飛行機の読み間違えと幾度となく危機を乗り越えてきたが、1時間の遅れにあえなく惜敗。
電車の扉が目の前で閉じる。

・実はこのイギリス旅行、かなり突発的に計画したもので、2日後の夜には再びドイツに向かって出発しなくてはならない。
つまり、鉄道を使うとなると、空港に1日中滞在した後、朝にトゥルクに帰り、夜に再び空港へ戻ることになる。それだけは嫌だ。
5日間離れていただけで、かなり家が恋しい。

50-3

・途方に暮れながら、一旦鉄道の職員とチャットを介して払い戻しについて相談。
本来は発車した列車に関して(しかも到着時間はこちらのミス)は補償はつかないそうだが、「空港に2泊するかもしれない」というどうしようもない状況に同情する他なかったのか、特例を作って返金してくれた。

・続いて交通手段の確保。
共にドイツへ行く日本人留学生に助けを求めると、鉄道はもはや望みが無いが深夜便のバスがあるという情報が。

・急いでバスを予約しようとするも、わたしがイギリス旅行をしている間にクレジットカードの認証システムが変わったらしく、パスワードがSMS経由で届くことになっていた。

・しかしクレジットカードの番号を日本の携帯電話の方に紐づけていたので、そのメッセージはどこにも届くことがない。
つまり支払いができない。2度目の絶望。

・悲嘆に明け暮れるも、ワンタイムパスワード用のアプリで解決できると判明。
何とか購入。この時点で23時のバス、深夜1時にトゥルク着が決定。

50-4

・大学前でバスを降りる。寮までは約1時間。

・タクシーを借りるという手もある。しかし、ただでさえ人の少ないトゥルク、深夜料金という上乗せもあり、車では10分もかからない道のりが40ユーロ(6000円)はかかる。
ヘルシンキからトゥルクまでのバスでさえ半分もしなかったのだ。大学から家に帰るまで、移動代にそれだけの大金を払う価値がわたしにあるのか…?と疑問が駆け巡る。

・気温はマイナスを優に超えている。
ただ、その時のわたしを突き動かしていたのは「家に帰りたい」という率直な欲求のみ。
深夜テンション、そして久々の凍えにハイになっていたのか、歩くことを決意。

・ちなみにこの時、トゥルクのシンボルである大聖堂を横切ったのだが、中心部であるにもかかわらず人気が全くなく、素敵な写真が撮れた。

・時刻は深夜2時。
テーマパークのクローズのように、除雪作業を進める車と、3分に1回くらいのペースで車が横切るのみ。
誰もいない世界を1人で旅しているみたいだ。

・バスの中でせっせと作っていた、お気に入りの曲ばかりを集めた帰り道用のセットリストが半分を少し過ぎた頃。
1台の車が目の前で停まった。

・「君はどうして歩いているんだ?外は−2℃だ、乗っていきなさい」と40代くらいの男性が声をかけてきた。
正直言って冬の寒さよりこの男性の方が怖い。

・しかし、この世界に自分と彼、2人しかいないのではないかと思えるほど孤立した状況。
凍える寒さ、深夜の判断能力の低下、家に帰りたいという欲求が頭を駆け巡り、何と家の近くまで送ってもらうことになった。

・後々母に話したところ、結構怒られた。
「日本でも外国でも、わたしだったら絶対ついていかない。けど栞(仮名)がそうしたってことは、あなたにとってはフィンランドはそういう場所だったってことだよね」という言葉が記憶に残っている。

50-5

・5分ほどの短いドライブだったが、彼は色々なことを話してくれた。
トゥルクでレストランを経営していること。
クローズ作業を終え、家まで戻るドライブの途中、わたしのことを見かけ、心配して車で戻ってきてくれたこと。
この街に40年以上住んでいること。

・ドキドキしながら寮の近くに降りたが、料金も何も請求されず、ただ「今度うちの店にやって来てね」と控えめに宣伝しただけで車が去った時。
まるでトゥルクに恋するような感覚だった。

・彼は何を求めるでもなく、ただただ心配と善意でわたしを送ってくれた。
その暖かさが凍えそうな心を溶かしていくようで、寮までの道をボロボロ泣きながら帰った。

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