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突然の連絡と再会

義実家に戸惑いながらも、結婚式を無事に終えたある日。
知らない番号から着信が何件もあった。
何だろうと、思いながら、携帯を手に取っていたら、着信があった。
番号もろくに確認もせず電話に出た。

『キラ、ちゃん?』
電話の声は震えていた。
『・・・はい』
恐る恐る返事をすると、少しの間を置いて
『・・・あ〜!良かった〜!もう出ないから、番号違うのかと思ったよ。
私、私よ、わかる?お母さん。お母さんだよー!』

めまいがした。立っていられないくらい、膝の力が抜けた。
こんなことってある?
いや、妹の伊東さんに連絡先渡してから実に2年経ってるよ?
絶句、とは、こういうことをいうんだな、と冷静に考える自分。
腰が抜けるってこんな感じなのかな。

電話の相手は、私が自分のルーツを辿りたくて探していた産みの母親、
キョウコさんだった。
震えた声も始めのうちだけだった。
私の感情や、状況などお構い無しで電話越しなのに圧がすごい。

『ねえ、聞いてる〜?今さあ、新宿に居るんだよ、新宿のホテルにね、一人でいるのよ。宿泊費だすからさ〜、今からおいでよ〜。』

なんていうか。
時の流れを全部ぶった切って、さっきまで一緒だった恋人だったみたいな、雰囲気でガンガン捲し立ててくる、その神経が、わからないんですが?
貴方の記憶、全部と言っていいほど、ほぼほぼ、すっ飛んでるけど、私。
声にならない声で
『あの、そもそも、東京にいないんですよ、私』
と、言ってみる。
『え〜?そうなの?じゃあ、どこに居るの?電車でおいでよ』
いやいやいやいや、いや!いや!
そういう、ノリ?
『あの〜。新幹線、もう走ってないんで。というか、私も明日早いんで。』
『え?新幹線の距離なの?聞いてないけど』
(言った記憶ないし)答える間もなく、次の質問。
『せっかく、連絡取れたのに、来れないの?』
(今の私の話し、聞いてた?)口を開きかけた時には、次の質問。
『じゃあさ、じゃあさ、なんで私が新宿のホテルに居るのでしょう、か?』
『・・・・・』
思わず黙り込んでしまうが、お構いなしに自分の事情を矢継ぎ早に話す。
聞くと、今、事実婚をしている男性からDVを受けていて、警察に連絡して、ひとまず新宿のホテルに逃げ込んだ、ということらしい。
『ひとりでさみしいからさ、話し相手になってよ、ね』

・・・そう、言われても・・・
というか、こんなにあっけらかんとしているの?
なんで?
どうして私はからだの震えが止まらないのだろうか。
脳裏に蘇ってくる窮屈感、圧迫感、そして恐怖感。
このまま、話していてはいけないと、危険信号が出ている。
『ごめんなさい、また。』
そういって、電話を切った。
からだの震えが治まるのに少し時間がかかった。
声を聞くだけで、こんなにも辛い。
果たして私はどんな幼少期を送っていたのだろうか。
知りたい気持ちと知りたくない気持ち。
知らなくてもいいのではないかという気持ち。
それでも私は、知らなければならない、とも思っていた。
私の中の『私』が、救われるためにも。

それから程なくして、荷物が届いた。
キョウコさんからだった。
恐る恐る開けると、猫のついたポーチと猫の柄のパジャマ、そして、胸元にデカデカとブランドのロゴがついたTシャツが入っていた。
手作りのかわいいメッセージカードには
『かわいいキラちゃん、お誕生日おめでとう(ハート)』
と、書かれていた。
私は一体、彼女の中では何歳の設定なのだろうか。
それもそうか、と、思う。
小学生に別れて、急に電話でしか会話をしていなかったら、もしかすると、
ようやく中学生くらいなのかもしれない。
そもそも、誕生日でもないのに、『誕生日おめでとう』って。
もしかして、会えなかった期間の誕生日すべて送ってくるのではないか、と急にゾッとした。
嫌な予感は的中するもので、ほぼ毎月のように、何かしら送られて来るようになった。
しかも、プレゼントの内容が徐々に大人に近づいてくる。
たまりかねて私は会いに行く決心をした。

新宿のホテルのロビーで待ち合わせをした。
心臓が飛び出しそう、という表現がぴったりすぎた。
自分の鼓動しか聞こえないし、手足が震えている。
時間ぴったりにロビーに入ると、すぐに目があった。

お母さんだ。

何十年と会ってもいない。
写真も残っていない。
それなのに、直感でわかるというのは、DNAのなせる技なのだろうか。
背中から後頭部にかけてぞわわわっと震えが走った。
恐怖がこころを支配し始める。
妙な緊張感、冷や汗、震え。
だけど、私は負けない、と決めていた。ここに来るまでに、色々考えたし、
色々思うところもあった、でも何より『負けない』ことを決めていた。
勝ち負けではないこともわかっているが、『なに』に対して『負けない』と思っているかも、自分でもわからないけれど。

『キラちゃーん』
にこやかに手を振る産みの母親。
私を産んだだけの人。

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