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あの日

小学5年生だか6年生の時、僕の人生は混沌としていた。父と母は僕が3歳の時に離婚し、気づいた時には父方の祖母と一緒に暮らす生活が当たり前になっていた。地元で美味しい洋食屋を営んでいた祖母もいつの間にかそれをリタイヤし、細々と僕と2人で日々を送る毎日が続いていた。その頃、自分の好きなものやりたいことは何もなくただただ学校へ行き、週2回周りの皆んなが行っているから学習塾へ行き、家に帰って食事をして、テレビを観て、お風呂に入って寝る。週末には母親と会い食事をして、みたいな生活がずっと続いていた。ある日いつものようにテレビドラマを観ていたら、同じ歳くらいの子役が出ていて、その子は白血病で亡くなる役だったのだが、何故か突然自分も芝居をやってみたいという衝動に駆られた。そんなことはそれまで一度もなかったので、すぐに電話帳で地元にある児童劇団を調べ、住所を控え、手紙を書いた。「はじめまして。おしばいに興味があるのですが、そちらに入るにはどうしたらよいですか?よろしくおねがいします。」数日後、その劇団から通知が来ていた。が、こたつの上に封が切られた状態で。祖母が先に見ていたのだった。祖母は開口一番、「お前はこんなことをやりたいのかい?」と聞いてきた。僕は咄嗟に「別にやりたくないよ!」と言って、その手紙を破り捨てた。自分の気持ちとは裏腹に。実は僕の父親は遊び人で仕事もろくにしていなかったので、祖母は僕に耳にタコが出来るほど、「お前は公務員になりなさい。」とずっと言われていたのだ。それから自分の意思を心の奥深くに埋めてしまった僕は、30年後、やっとその気持ちを取り戻し芝居に向き合っている。あの選択をしたから、ここまで時間がかかったし、あの選択をせず自分の意思を押し通していたら今の人生変わっていたかもしれない。だが、今の家族や友達に出会えていなかったと思うと、あの選択をしたことが良かったと感じる。

#あの選択をしたから


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