【小説】いじわる眼鏡

「待たせんな、バカ。
オレを殺す気か」

寒そうに両手をポケットに突っ込んでいた一貴は、吸っていた煙草を携帯灰皿で消して足早に歩きだした。

「なにやってんだ、さっさと来い」

「う、うん……」

私が着いてきてないのに気付いたのか、足を止めて振り返った一貴がちっと小さく舌打ちした。
イラッとした一貴の声に身体が竦む。
慌てて追いかけると一貴は私にかまわずにまた、足早に歩きだした。

「んで。
話ってなに?」

少し歩いて喫茶店に入った。
暖かい室内で眼鏡が曇って、ちっと小さく一貴が舌打ちをする。

「えっと。
その」

今日こそちゃんと聞こうと思ってた。

……もしかして、私とイヤイヤ付き合ってる?

罰ゲーム的にした告白だった。
ずっと一貴を想ってるのに、告白できない私に友人たちが焚きつけたのだ。

「す、好きです。
付き合って、ください」

告白した日も一貴は今日と同じで白いマフラーを巻いて紺のコートのポケットに手を突っ込み、煙草を咥えたまま私をぎろりと睨んだ。

「わかった」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……え?」

反射的にあやまっていた私だが、言われた意味がわからなくて思わず聞き返してしまう。

「わかった、付き合うって言ってんだ」

イライラと携帯灰皿で煙草を消して、右手を開いて覆うように、アンダーリムの眼鏡をくいっと一貴はあげた。
きらりとレンズが光って一貴の表情はわからない。
だからあのとき一貴が、どんな気持ちで私と付き合う気になったのか、いまだにわからなかった。

今日こそ、一貴に本当の気持ちを聞こうと思った。
でも、一貴の顔を目の前にすると、言えなくなる。

「だから、なに?」

ちっ、と一貴が舌打ちし、椅子の上で飛び上がりそうになる。
怒鳴られるのかと身構えたが、一貴は眼鏡を外してイライラと服の裾でレンズを拭いた。

「なんでさっきから黙ってんの?」

再び眼鏡をかけた一貴の眉間にしわが寄る。
おかげで、さらになにも言えなくなった。
じわじわと涙が滲んでくる。
俯いて私が黙ってしまい、一貴がちっとまた舌打ちした。

「……泣くな」

腕が伸びてきたかと思ったら、そっとシャツの袖口で涙を拭われた。
顔をあげると不機嫌そうに視線を逸らした一貴の顔が見えた。

「……だって一貴、ずっとイライラしてるし」

「眼鏡の汚れが取れねーの!
ほんと、イラつく」

「……はい?」

驚いて瞬きしたら涙が落ちた。
また一貴の腕が伸びてきて、袖口でゴシゴシと涙を拭く。

「……おまえに泣かれると、どうしていいのかわからなくなる」

右手を大きく広げ、覆うように眼鏡をくいっとあげた一貴の表情はわからない。
でも、眼鏡の弦のかかる耳は真っ赤になっていた。
耳の赤い一貴がイライラとポケットから煙草の箱を取り出す。
でも空だったらしく、ぐしゃりと握り潰した。

「それで話ってなんだよ」

「あー、うん。
もういいや」

「は?」

コーヒーカップを手にした一貴が間抜けな顔でこっちを見ているが、仕方ない。
だって、解決してしまったんだから。

「わざわざ呼び出しといてなにそれ?」

ぎろりと睨まれ、びくんとカップを持つ手が大きく揺れた。

「ごめん。
その、……一貴は私が好きだよね?」

「う、うっさい」

ぷいっと視線を逸らした一貴の耳はやっぱり真っ赤になっている。
それだけで顔がにやついてきそうで困る。

「なら、いいんだー」

両手で頬杖をついて一貴の顔を見ていたら、そのうち顔を逸らしていた一貴の身体がプルプルと震えだした。

「……わかった」

「え?」

腹の底から出ている一貴の声に一抹の不安を覚える。

「そんなにオレの気持ちが知りたいのなら、たーっぷりと教えてやる」

ニヤリと頬を歪ませて笑う一貴の額には青筋がうっすらと浮いていた。

「え?
え?」

怯えて戸惑う私を無視して、コートを手に伝票を掴んで席を立った一貴を慌てて追う。

――そのあと。

宣言通り、たーっぷり、……たーっぷりと、一貴の気持ちを教えられました。

その、……ベッドで。

【終】

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