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高校の時に将棋大会に出場した話

 今回は将棋部についての話をひとつする。思い出せる事を全て書き下ろした結果、若干長くなってしまったので、飛ばし飛ばし読んでくれればと思う。



 高校2年生に進級したと同時に、私は将棋部に入部した。既に放送部に在籍していたので、兼部という事になる。
 本来は入学して直ぐ兼部する積もりであったが、将棋部の顧問がかなり怖いタイプだった(授業中に平気で生徒を「バカ」「目障り」と罵ったり、甲高い声でキレたりする等、情緒不安定な中年女性であった)のと、当時の親しい人が兼部を扱き下ろしていた(「兼部なんて中途半端な真似は、両方の部活に対して極めて無礼」等)事もあり、様子見も兼ねて放送部にのみ入部していたのである。尚、その親しい人は、1年生の内に文芸部と兼部した。その時ばかりはソイツの事を殺してやろうかと思ったものである。
 さて、2年生に上がって将棋部と兼部をしようとした訳だが、その際に両方の顧問に兼部の旨を伝えねばならなかった。1年生の時点ではこれが怖くて兼部を諦めたのだが、2年生に上がるまでに彼女と破局して身の自由が極端に増えたり、将棋部顧問(以下S先生とする)の機嫌の良いタイミングがある事が分かったりと、色々な事があって、強気にも兼部を決意したのである。


 四月某日。入部届の提出の日である。怒られるまではいかなくても兼部について何か苦言を呈されるのは嫌だなあと思いながら、私は職員室に入った。
~職員室にて~

桐壺「(S先生の所に近付いて)オイソガシイトコロ、シツレイシマース……(恐る恐る)」
S先生「忙しくないよ、お菓子食べてるもん^^」
桐壺「アッ確かに……」
壺・S先生「ウフフフフフwwwww」
桐壺「(おお、今日は機嫌良い日だな、勝った)」

職員室での会話

 どうやらその日はたまたまS先生の機嫌が相当良い日であったらしく、兼部の許可もすんなりおりた上、こちらの提出する書類についても気にかけてくれた。こうして特に何のダメージも負う事無く、晴れて兼部マンとなったのである。私はつくづく運が良い。


 将棋部の雰囲気はかなり緩かった。将棋をしっかり極めようとしている人はあまり居らず、のんびり将棋を楽しもうやと考えている人が大多数だった。活動もずっと週1だったので、放送部との両立も難しくなかった。そして10月になり、「将棋大会に参加しないか」と、S先生・将棋部部長から持ち掛けられた。最初は「そんなガチ勢の中にアタクシみたいなひよっ子が紛れて参加するのはちょっと……」と消極的な姿勢を示していた私だったが、「そんなにガチガチの大会じゃないよ」と説得され、結局参加する事となった。
 因みに、一応私の棋力を書いておくと、高1~2の時に将棋ウォーズで2級に昇級して以来、上がりもせず下がりもせず現状維持を今日に至るまで続けている。万年将棋ウォーズ2級男である。その様な状態で、初段や二段がゴロゴロ居るであろう将棋大会に乗り込むというのは、相当勇気が要るものである。


 そして大会当日。私含め数人が我が校から参加したが、朝の時点でS先生がかなり大荒れしてしまった。詳しく述べておくと、

  • 生徒との合流が遅れ、その時点で機嫌を悪くしている

  • 大会までに資料を自分の所に取りに行かなかったという理由で1年生が強制的に帰らされる

  • その他、当日持っていく紙を忘れたり書き方を守らなかったりした2年生達がキレられる

等々、私以外の参加メンバー全員がそれぞれ何かしらをやらかして怒られるという最悪の朝となったのである。因みに、私は奇跡的に何もやらかさず、S先生の雷を完全に回避した。私はつくづく運が良い(2度目)。
 ただ怒られなかったからといって気楽な筈も無く、「この最悪の雰囲気を自分が勝ち上がる事でどうにか正さないといけない」と、極めて謎の責任感を持って対局に臨む事となる。


 ここで、いったん大会のルールについて説明しよう。私が参加したのは県大会であり、県大会の優勝者(準優勝者もだったかも)は後日行われる全国大会に出場するというシステムである。県大会の予選で2-0か2-1の成績を残した計32人が、県大会の本戦トーナメントで争う。
 予選は高校が偏らないように各小ブロックが調整されており、抑々ひとつの高校から5名しか参加出来ないので、いきなり強豪校に囲まれてボコボコにされるというグロテスクな事にはならない。


 一局目は知らない名前の高校の生徒とであった。先後が決まった後、将棋盤のシートの符号が逆である事に気付いて、何も言わずに向きを変えた所、「何で逆にするんですか?」とまるで不審者を見る様な目で言われた。この対局には普通に勝利し、あとは1-0か1-1の成績を残せば本戦進出という状態になった。S先生に結果を報告しに行ったが、「おお、良かった良かった」と褒められた上、まだまだ対局があるからと水分補給を勧められた。朝にあんなに機嫌が悪かったのが嘘の様だった。
 二局目は将棋強豪校・文星芸術大学附属高等学校の生徒との対局であった。「まぁ負けるやろな」と思いながら対局に臨んだが、案の定ボコボコにボロ負けした。相右玉の展開となったが、守りの薄い右辺や端を集中的に攻撃され、あっという間に詰みの形になった(この対局によりお相手が2-0で本戦進出した)。これもS先生に報告しに行ったが、「まぁそうだよね」という返信を貰った。「勝てたらラッキーって事ですかね~」「そうそうそう」といった会話が続いた。
 三局目は一局目と同じ人であった。一局目と同じ戦型になった記憶があるが、これも勝利した。予選の成績が2-1になったので、私の本戦進出が確定した


 本戦進出が確定した旨をS先生に伝え、昼飯も取り、午後の本戦の対局の時間になった。我が校の将棋部は全然強くなかったので、本戦に進出したとしても初戦で敗退するのがいつもの流れであるとS先生・部長から伝えられていた。それ故、私自身そこまで本戦で勝つ事に期待していなかったと記憶している。


 本戦初戦は戦型は相居飛車となった。高校名は覚えていない。序盤は互角の形成であったが、中盤に相手の攻めが上手くこちらの囲いに刺さってしまい、急にピンチになった。「あぅ……非常にまずい……」となった。
 しかし、当時の桐壺はこの様な事で諦める人間では無かった。お相手が途中で大駒を切っていたので、「入玉したら点数の差で勝てるんじゃね???」と考えたのである。そんなバカなと思う読者も多いかも知れないが、結果だけ言ってしまうとこれが何故か成功したのである。中段に玉をどうにか動かし、駒を玉付近にベタベタ貼り、全ての力を入玉に使った。
 気付けばお互いに持ち時間20分を全て使い切り、秒読みの熱戦となった。秒読みというものは怖いもので、序盤あれだけ上手く指していたお相手が、秒読みでミスを多くしていた。しかも対局相手(私)が入玉を試みるという中々無いレアケースだったので、余計に指し辛かったであろう。一方、こちらは将棋ウォーズの10秒将棋で入玉ばかりやっていたクソガキだったので、秒読みにも割と強い上、入玉の経験も多くあった。気付けば形勢も逆転し、私の方も入玉を達成した。玉の周りにと金や成駒をベチャベチャ配置したお陰で桐壺玉の詰みのリスクは消滅し、今度はこちらが攻めのターンとなった(攻めを失敗したとしても駒の点数からして私の勝ちは明確であったと思う)。結果的にその攻めも運良く成功し、相手玉の詰みに持ち込んで勝利した。
 この結果もS先生に報告しに行ったが、S先生は「えっ初戦勝ったの!? 凄いじゃん!!」と驚いていた。あの厳しいS先生が他人を褒めるというのは珍しい事だったので、普通に私の方も驚いた。私はS先生に褒められた数少ない生徒の一人だという事になる。そして、他の本戦進出した部のメンバーが全員初戦敗退したので、2回戦以降の対局に参加するのは私だけという事になった。そうなると部の期待は自ずとこちらに一点集中する。とんでもないプレッシャーである。


 本戦二回戦は某宇都宮にある高校の生徒との対局であった。戦型は私が居飛車穴熊(銀冠穴熊だったと記憶している)・相手が三間飛車の対抗形であった。

銀冠穴熊。端歩を突けるし堅いので、一時期これを振り飛車相手に連投していた。

この対局はあまり記憶が無いが、相手の攻めを丁寧に潰した上でこちらが相手の穴熊をネチネチ破壊して勝った記憶がある。将棋では勝っていても人間としてはボロ負けしている。早々に対局を終えたので、係員に勝敗を伝えた後、他の対局者に湧いていたギャラリーに混ざって観戦を楽しんでいた(激しい攻防であったが、最終的に攻めていた側が勝利した)。


 本戦二回戦の対局がおおかた終わり、S先生に勝敗を報告しに行った。その時S先生と部のメンバーらが談笑していたので、「あぁ、この会話に混ざりたかったな……」と強く思った。
 以下は勝敗報告の時の会話である。

壺「先生~対局終わりました~」
他メ「お疲れー」
S「結果どうだった?」
壺「えーと、何か勝ちました」
他メ「えっ勝ったの!?」
S「勝ったんだ?(笑顔) すごーーーーーい(笑顔・拍手寸前の手の動き)」
壺「((.;゚;:Д:;゚;.)) ????(@ω@)???? (。ω゚ 三 ゚ω。)(あの厳しいS先生があまりにも笑顔で褒めてくるので大混乱している表情)」

本戦二回戦終了後

 そんなこんなで、何と県大会ベスト8入りしてしまったのである。相手の当たりがそこまできつくなかったのも一因であろうが、しかし対局中に特に大きなミスもせずに勝ち星を積み重ねる事が出来たというのは、私にとって相当な自信となった。「こうなればめちゃくちゃ勝ち進んでやろう」と意気込んで三回戦に挑む事となる。


 本戦三回戦は知らん高校の生徒との対局であった。戦型は本戦二回戦と同じである。結論から言ってしまうと、ボロ負けした。相手の攻めが異常に強く、私の銀冠穴熊はあっという間に大改造!!劇的ビフォーアフターしてしまった。対局終了後に相手が色々とアドバイスをしてくれた記憶があるが、茫然自失の私の耳に入る筈も無かった。


 対局終了後、S先生に「いやぁ、負けました……」と報告したが、S先生は優しく「でもこんな弱小将棋部の中ではよくやったよ」と褒め称えてくれた。何ならS先生と部員の拍手まで起きた。帰り際に「将棋の強い奴は将棋しか出来ないんだから、他の部分では勝ってるって思えば良い(要約)」とS先生に言われたのが印象に残っている。今考えれば完全な暴論であるが、私の事を気遣って言ってくれていたのだと思うと心が温まる。
 こうして私は謎の高揚感を抱いたまま、他のメンバーと本屋で解散した。


 数日後、S先生を授業で久し振りに見たが、数学をこっそりやっていた生徒に「数学やってんじゃねえよ!!!!( ꒪҇൧̑ ꒪҄ꐦ) 舐めんじゃねえよバカ!!!!!!!!!( ꒪҇൧̑ ꒪҄ꐦ)」と怒鳴り散らし、授業終了まで不機嫌をキープしたままであった。「将棋大会の時のあの菩薩の様なS先生は、もしかしたら幻覚だったのかも知れない」と私は思い直した。

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