タネの名前

梅雨のはじめ、
父とマンゴーを食べた。

縦半分に切ったあと、
サイの目に切り込みをいれたら、
皮を実の方に押し出して、
ハイ、3D。

フォークでひとさし、食べやすい。


覚えなくても、世間が教えてくれる。
まあ、便利。

残ったタネのまわりの実を
削いでいて、思った。

「ああ、イカのフネ。」


そういえば、
初めてマンゴーを食べたときも
同じことを思った気がする。



角のとれた丸い石。
発泡スチロールと貝殻と花火のかけら。

ふきだまりのような海岸は、
一足ごとにザリザリいって、海までやけに遠い。

そんな灰色の道で拾った
白い小さなサーフボード。

それをみて「イカのフネ」だと母は言った。


イカは泳げるはずなのに、
なぜフネが要るのか不思議だったが
幼かった私は、その答えをうまく聞き出せなかった。

本当のところはどうなのか、名前の由来は、と
後年、調べた気もするけど、
今はもう忘れてしまった。


ともかく、
マンゴーのタネは、それに似ている気がする。





「うまいな。」

父が言う。


久しぶりのマンゴーはやっぱりおいしかった。
南国らしい、ねっとりした甘さがいい。

だけど、食べやすく切ったサイの目より、
スプーンで削いだ細い実のほうがおいしい気がする。

これもおそらく
かつて、同じことを思ったはずだ。


雨の夜、
覚えたつもりはないのに

タネひとつで
ふっと蘇る、日常のこと。



そうか、これが「思い出」か。

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