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【連載:パン屋の店長12選】恋をキリトル140字の物語 18

◇1
後ろから首筋掴まれぎゃーと飛び上がった。
「おはよ」
「店長!」
「顔真っ赤。いい加減慣れろよ」
笑いながらフロアに向かう後ろ姿に
心臓がまだバクバクしてる。
こういうの慣れてないんだから。
過剰なスキンシップも爆発しそうな胸の鼓動も。
「2度としないで下さいね。心臓麻痺で死んじゃうかもだから」

◇2
「すもももももももものうち。言うてみ?」
「すぼぼぼ…あれっ」
「ははっ。期待通りのリアクションありがとう!」
ぽん、と肩を叩き去ってく店長。
体幹がすわった立ち姿。
モテるよね絶対。
何故私ばかりあんなに構うの。
鏡に映る私は首筋まで赤い。
この顔が。
目が。
胸の鼓動が。
貴方が好きだと叫んでる。

◇3
鏡の前で身支度を整えていたら
息のかかる距離で「おはよう」と言われた。
店長だ。
驚いてる私を見てニヤニヤしてる。
彼と会ってから毎日がアドベンチャー。
いつか心臓が爆発するよ。
明日はどんな罠を仕掛けてくるの。
自分のペースを失ってしまう。
頭の中で花占いのリフレイン。
好き嫌い。嫌い好き。

◇4
深い意味なんて全然なかった。
「ハンサムに映ってますね」
地方誌に載った店長の姿。
元々顔が整ってるしそんなの言われ慣れてるはずなのに。
みるみる赤くなってく顔。
嘘。こっちがドギマギしちゃう。
「なんかすみません」
「ホントだよ。お前、責任とれよ」
「どうやって」
「まずはコーヒー飲みに行くか」

◇5
夕方のスタッフルーム。
店長と新人があやとりしてた。
クールな彼が私以外を相手してるの初めて見た。
理由は想像がつく。
彼女はコミュ障な赤面症。
店長はそういう人をほっとけない。
「お疲れさん」
男っぽい笑顔にたやすくときめく。
弱い女の振りをしたら
また構ってくれるのかしら。
拙い策略が頭を巡る。

◇6
店長が熱でお休みした。
おでんを手にピンポンを鳴らす。
「はーい。あれ?」
赤いルージュの綺麗な人。
「お店の人?どうぞ」
コタツの部屋にボサボサ頭の彼がいた。
「こんな可愛い子がお見舞いに来てくれるなんて。良かったねー」
「うるせーな」
お姉さん…なんて空気じゃないよね。
失恋決定。涙がポロリ。

◇7
オフの日店の前を通る。
黒いカーディガンを羽織った店長が見えた。
スタッフと何か話してる。
胸にドーンと熱いものが押し寄せてきて、足がガクガクしてしまった。
結局お休みの間中、貴方のことばかり考えてましたよ店長。
見つかって片手を振られ、全身の血が顔へと上がる。
バレバレだ私。どうするよ私。

◇8
「どんな女性が好きですか?」
「明るい子」
「…」
「なんやお前、目が死んどるやんか」
「さよなら店長」
「はあ?」
「もう変な期待持ちませんから」
「ほんま、面倒やなあ。何に拗ねとんか教えて欲しいわ」
「私は根暗だって自覚してるだけですよ」
「ええやん。それも個性で。おい、どこ行くんや?おーい」

◇9
バイト最終日店長に告白。
「そっか。ありがと」
笑顔で言われて拍子抜け。
帰り道やっと意味がわかった。
私振られた。告白なんてするんじゃなかった。
泣きながら歩いてると靴音がして肩をがっと掴まれた。
「店長?」
「20歳になったら迎えに行く。それまで待ってろ」
涙を指で拭われて彼の腰にしがみつく。

パラレルワールド

◇10
‪「綺麗になったな」
元バイト仲間の結婚式で久しぶりに店長に会った。
「昔は可愛いだけだったのになー。女は2年で変わるよな」
「そりゃ高校時代とは違いますよ」
変わらないのはあなたへの想い。
「店長、その人誰ですか。紹介してください」
「ばーか。こいつは俺のもんなの」
意味深な軽口も相変わらず。

◇11
‪「明日からは寂しくなるな。いつでも気軽に遊びに来いよ。焼きたてのパン食わせてやる」
やめていくバイト生にいつもそんな言葉かけてたの?
ひどいな店長。
いつもはそっけないくせに、会えなくなる直前に優しくするなんて。
パンの香りとフロアに流れる音楽そして大好きだった貴方の事
私は一生忘れない。

◇12
落ち込んでいた時ね、たまたま「大丈夫ですよ」って声がして
すとんと恋に落ちました。
落ち着いた声と優しい笑顔に
心がとても癒されたの。
こんな気持ちは久しぶりで
思わず涙が頬に零れた。
この出会い、無駄にしちゃダメですよね。
「あの、ここでバイトさせてください!」
店長と私。
2人の恋が今始まる


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