新たな場所で会える夢
馴染みのブックカフェが閉店した。
私は寂しい気持ちでいっぱいだった。大学後半から20代前半の思い出の場所はここにあるといってもいい程、思い入れがある場所だった。大げさではなく私はここに通うことで自分の力を信じることも出来たし、沢山の自分の知らない文化に触れることも出来た。
店主である女性は店を閉めた日、最後に常連であった私を招いてくれた。
雨の日だった。
「欲しいものがあれば、持って行って頂戴ね」
そう言って、「これはいる?」「あれはいる?」と
思い出が重なった品々を披露してくれた。
そんな中、差し出されたのが、素敵な緑がかったブラウンのコーヒーカップとソーサーだった。三脚あったらしいがペアで二脚売れ、一脚売れ残ったらしい。
聞くと、その二脚を買ったのは、私の親友だという。そもそもこのブックカフェを紹介してくれたのもその親友だ。親友はこのブックカフェで知り合った男の人と結婚した。そして、関西を離れ、遠く彼の実家へお嫁に行ってしまった。一脚残ったコーヒーカップをもらった私は嬉しいようで、微妙な感慨を持った。
売れ残りの一脚のカップ&ソーサー……。
私には、このカップが自分のように思えたからである。
何故か、一つだけ残されたカップに自分の
今後の姿までが暗示されているようだったのだ。
親友はこのカフェは「出会いの場」なんだよ、と暗に私に教えてくれていた。しかし、私は店主の方とただ話すのが楽しくて通っていた。そういったささいな意識の差が未来の身に関わってくるんだなぁと気づいたのは30歳も過ぎて久しいこの頃だ。もはや三十にさしかかる年齢の自分には、まだ結婚するような決まった相手はいない。
親友が結婚した男性も、こちらのカフェの顔馴染みだった。私はよく覚えている。ブックカフェの店主がバンドを組んだ時、たしか、ギターかベースを弾いていたのが彼だ。打ち上げの際、決して失礼ではないが、人見知りをする、控えめな男性だった。さり気ない気遣いが出来る人だな、と私は思っていた。彼と、親友と私。
紹介してくれたのは、親友だといえ、バラバラだった三人を繋いだのは閉店したブックカフェだ。急接近した二人のことを私は気づくことは出来なかった。
そんな自分は本当に甘いし、鈍感である。何度か面識があるという親友と男性を繋ぐ糸を私は見抜くことすら出来なかった。
今思えば、ピッタリお似合いの二人だったのだ。二人はどこか似ていた。
控えめなところ、こだわりのありそうなところ、
あたたかな自分の居場所を求めているようなところ……。
「後から思えば」、なのかもしれないが二人には共通点が沢山あったのだ。
そうその彼が出演するバンドの演奏を親友と観に行ったことがある。
「その服、クジラですか?」
と私のデザインが変な猫のTシャツを見て話の糸口を掴んでくれた。私のことを突っ込んでくれるところは相変わらず気遣いが出来る方だなぁと思った。
帰ろうとする私たちに男性が誰かにもらった差し入れの紙包みを親友に渡したときにやっと「あれっ」と私は思ったのだ。今思えば、自分の荷物を持たせたということは、もう二人で暮らしていたのかもしれない。
「実は、付き合っているの」と男性と別れた後、親友は私に教えてくれた。私は合点がいった。
なんてお似合いだろう。いいなぁ、素敵だなぁ。
二人はまるで、あのあたたかな味の色をしているペアのカップ&ソーサー……。
ペアでこそ成り立つあの食器は、
今は古民家カフェで幸せな湯気を立てている。
カフェを開くことが夢だった親友は、
あの男性の故郷の田舎で古民家カフェを開いた。
そして、新たな家族も二人いる。女の子と男の子のお子さんだ。
親友が男性の故郷に引っ越す前に会った時、親友は膨らんだお腹をしていた。新しい命が息づいていたのである。私はお祝いに慌てて買った安物のジャスミンティーしかあげられなかった。妊婦さんなので、カフェインレスの物を、と思ったのだが、買い求めた先の店には置いていなかった。気の利かない品を渡したと後悔した。親友は「大丈夫」と笑って受け取ってくれた。
今やお腹にいた子も立派な小学生一年生である。
元は三脚のコーヒーカップ。ペアは友人に渡り、一つは私の元に残った……。未だ、一人暮らしの私はやはりこの一脚がお似合いなのかもしれない。
そのことを暗く考える自分はいない。もし、私にも親友における男性のような人が現れたら、お揃いのカップを買う日が来るのだろうか。そう甘い夢を見ている。
今はもうないブックカフェで、彼と彼女は出会った。
そして、私も20代の時間をそこで過ごした。
若かったあのひとときはもう二度と訪れない。
しかし、あのブックカフェにもう行けないとしても私には楽しみがある。
そう、友人の古民家カフェに行くことだ。
行くまでに新幹線とバスを乗り継いで、遠いその地に行く。
今の状況で思うように移動はまだ出来ないが、
私は夫婦になった二人と会いたい。
そうして夢は回っていく。
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