素敵な恋をしたい

こんばんは。キリンです。
夜遅くにごめんなさい。

素敵な恋をしたいと思ったことありますか?
今、書いてて思ったんですけど、素敵な恋がしたいと素敵な恋をしたいってどう違うんですかね?
~がするというとき~は主語になりますよね。
そうすると素敵な恋がしたいっていうのは少しおかしいのでは?って思ってしまいますが、何かこの言い方には所以があるのでしょうか?
教えて言語学者さん!

まあ、それは置いといて私は今とても素敵な恋をしたいです。
そう思ったきっかけも漫画を読んだというごく単純な理由ですが。
一応その漫画を宣伝しておきますね。
「めぐるめく季節の中で」という漫画です。
そこでは別れそうなカップルがお互いの不安で怖くてたまらない気持ちを伝えあい、その負の気持ちがお揃いだと。
嫌なお揃いであってもお揃いであればうれしいと。
こんなこと言えます?
すっごい素敵な恋だと思ってしまいました。

では、素敵な恋ってなんなんでしょうね。
私は今恋人がいますが、多分両想いです。
お互いにお互いのことを好きだと感じています、多分。
なのに、素敵な恋をしたいと思ってしまうということは、両想いだけでは足りませんよね。
一方で、片思いであっても素敵な恋になり得るとも思うのです。
では、素敵な人に恋をすることが素敵な恋なのでしょうか?
でも、本当にそうであれば素敵な人に恋をしたいというでしょう。
しかも、これは恋をする相手は少なくとも素敵でしょうという自明も含んでいます。
素敵だと思わない人を好きになりますか?
もちろん、そのパターンも十分にあり得ますが、それはもはや自分の人を見る目の問題です。
素敵な恋をしたいという前に、人を見る目を養えよって話じゃないですか。

では、運命的な恋を素敵な恋っていうのでしょうか。
まず運命って何なんでしょう。
一生添い遂げられたら運命的な恋というのでしょうか。
そしたら人は1度しか素敵な恋をできなくなってしまいます。
また、先ほどの漫画のワンシーンもあそこだけでは運命的かどうかなんてわからないじゃないですよね。


じゃあ素敵な恋って何なんですかね。
色々考えました。
その結果。
私は自分が素敵になれた恋を素敵な恋というのではないかと思うのです。
叶わなくても叶っても、短くても長くても、自分が素敵になれた恋を素敵な恋というのではないでしょうか。
先ほどの漫画のワンシーンも一緒です。
こんな恋をしたいというより、こんな素敵な人になりたいと思っているのです。
そうすると一見素敵な恋というのは向こうからやってくると思われがちですが、自分で作るものなのかもしれませんね。

それでは、おやすみなさい。