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『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』はダークさを廃したスイートなお味

 世の中には、「別に根拠はないんだけど何となくみんなが真実だと思っていること」や、「真実だとさえ思われていないのに、なぜか多くの人の常識に刷りこまれているようなこと」が厳然として存在する。血液型や星座別の性格診断なんかはその典型例ですね。
 あるいは犬の習性や行動に関する半可な知識なんかもそう。米国の動物コメディ映画などを観ていると、誰かがボールを投げるたびに、反射的にそれを追いかけてしまう登場“犬”物なんかがよく出てくる。
 それから最近観たある映画では、人間の言葉を話せるようになった犬が「主人の命令に服従するのは好きだ」なんてセリフを吐いていた。どちらも固定観念の産物であり、別にすべての犬がそういうわけではないんでしょうけどね。
 さて、そうした「ワンちゃん、あるある」の1つに、犬は郵便配達人を噛みたがるというのがある(日本ではそれほど普及した固定観念ではないけれど、米国人の“常識”ではそうなんですね)。『ポストマン』(1997)でケビン・コスナーが演じた郵便配達人も、ヒーローとなってみんなの前で演説をぶつ時に、「犬はつないで」と言い添えるのを忘れなかった。

『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』には、その“常識”を逆手に取ったギャグが使われていて笑わせられる。ティモシー・シャラメ演じる主人公がオリビア・コールマンの経営する宿屋に投宿すると、宿屋の飼い犬が彼にうなりかかるんですよ。するとシャラメが曰く、「僕のズボンは郵便屋さんのお古だからな」
 飼い犬が郵便配達人を襲うのは、自分(とご主人様)のテリトリーに入ってくる闖入者を追い出すためだ。郵便配達人だから――ましてや郵便配達人の服を来た奴だから――襲うというのでは、まるっきり話が逆で、何とも可笑しいったらありゃしない。
 しかも話が中盤に入ると、ルームランナーに乗せた犬にそのズボンの切れ端を追いかけさせることで巨大な機械を駆動させるなんて二段オチも。ポール・キング監督には、ぜひ座布団1枚差し上げたい。

 って、私はなんだってこんなマニアックな点を論評しているのだ? 変人だとバレないように、もう少し普通の感想も書いておこう。
 シャラメが扮したのは、『チャーリーとチョコレート工場』(2005)でジョニー・デップが演じたウィリー・ウォンカの若い頃。彼がまだ、あれほど怪しげにもおかっぱ頭にもなっていなかった時代の前日譚ですね。
 とはいえ、シャラメのウォンカはすでにチョコレート職人としても魔術師としても開眼している様子。おかっぱ頭のデップが奇天烈な行動をとっても別に驚きはしなかったが、ほかの点ではウブなシャラメ・ウォンカが、涼しい顔で魔術を駆使するシーンには意外感がある。そうか、ウォンカって魔法使いだったのかと、改めて実感した。

『パディントン』シリーズのキング監督は、ロアルド・ダールとティム・バートンがコンビを組んだ前作のダークでシニカルな雰囲気を一転させ、陽性で前向きな一作に仕立てている。原作ファンは食い足りないかもしれないけれど、あくまで別物だと割り切れば、これはこれでいいんじゃないかな、うん。私は個人的に嫌いじゃない。
 ミュージカル・シーンのセットデザインも華麗だし、シャラメの歌唱も(激ウマとまでは言えないが)及第点はクリア。ヒュー・グラントがウンパルンパ役を喜んで演じていたとは思わないが、オレンジ色の肌に緑色の髪をしたこのキャラが、意外に美しい青い目をしていることがわかるカットなんかには「おおっ」と刮目した。

 シャラメのウォンカが繰り返し語るのは、「ステキなことはすべて夢から始まる」というポジティブなメッセージ。令和に改元されてから、どうも国内外ともに良くないことばかりが起こっている感があるけれど、子どもたちが(かつての子どもたちも含めて)せめて夢を描ける世の中であってくれたらよいと思う。

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