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江口理恵|菫色の舞台の幕は永遠に上がる

 霧とリボンとの出会いは、2016年の秋。マリー・アントワネットのCDの制作で、光栄にもノール様にアートワークのデザインをお願いすることになり、吉祥寺で自分の家族が営むカフェにて打ち合わせを行いました。Webで拝見した完璧な美しさの世界観をもつ「ミストレス・ノール」とはどのような人物なのか…。勝手にあれこれ想像し、あれほどの美と英知の世界を追求されているからには、下手なことを言ったら怒られるのではないかと、少し緊張したのを覚えています。

 でもそこに現れたのは、妖精のように可愛らしく優しいオーラを纏うお方。そのお仕事ぶりで際立っていたのは、こだわる所には徹底的にこだわりながら、こちらの企画意図を200%の想像力・創造力でデザインに落とし込む驚異的なプロフェッショナリズム。さらに企画展《チョコレート探偵事務所~》でのCDお披露目のほか、サロンコンサートまで開催され、そこから私自身の生活、いや、人生も、霧とリボンの夢の世界へと突入したのでした。

江口理恵プロデュースCD
『マリー・アントワネットの音楽会(執筆・選曲|高野麻衣)』
展示の様子
同前

 極めて印象的なお仕事での出会いの後、最初に伺った展覧会は、厳かな雰囲気の作品とシックでスマートな設えに心震わせた、シェイクスピア没後400年記念「シェイクスピアズ・ブラザーズ」。

霧とリボン企画展
《シェイクスピアズ・ブラザーズ》会場風景
(2016年)

 2度目はノール様が敬愛する英国のバンド「Catfish and the Bottlemen」に捧げたファン・アート展。著名な漫画家やカリグラファによる美しいオマージュ作品が並ぶ中、ノール様渾身の「すごROCK」という名のすごろくで遊びながらバンドのことを学べるという、なんともチャーミングな仕掛け。

すごROCK

 これほど質の高いファン・アート展を開催してもらえるバンドはなんと幸せなのだろうと、音楽業界に身を置く者としてますます尊敬の念を抱きました。雰囲気が真逆の2つの展覧会に通底していたのは、テーマ、作家様方、そしてお客様への慈愛のような愛情。そういえばノール様はバンドを応援することを「使徒活動」と呼んでいましたっけ。菫色連盟サロンでの濃い時間やクリスマス会なども忘れられない思い出です。

Catfish and the Bottlemen 来日記念ファン・アート展
《THE FANS RIDE THE BALCONY》会場風景
(2017年)

 そして2020年以降のパンデミック中、いち早くオンライン展覧会を立ち上げ、モーヴ街という街まで爆誕させたその気概こそがノール様の真骨頂です。膨大な「ひとり時間」に、「プライヴェート・ポプリ」という斬新な概念を生み出してブランド化し、いまやたくさんのファンがいらっしゃいます。

オンライン上のストリート「モーヴ街」
イラスト|フランスガム

 2022年5月から私も思いがけず、モーヴ街のブライオニー荘にて「シスターフッドと音楽」、「文学者の音楽室」のテーマでエッセイや作品解説を執筆する機会をいただき、作家の方々との刺激的なコラボも経験しました。

 巻頭文を執筆した「ヒルデガルトの小径」展では、1990年代(!)に音楽の仕事で遭遇した中世の聖女と時を超えて再会し、くるはらきみ様をはじめとする作家の皆さまの作品で新しいヒルデガルト像に接して感無量でした。孤独なパンデミック中に、大切な「居場所」を与えていただいたことは忘れません。

オンライン開催
くるはらきみ & 霧とリボン ヒルデガルト・シリーズ共同企画展
《ヒルデガルトの小径》会場風景(2022年)

 2023年、菫色の小部屋でのリアル展覧会の再開と同時に、12月で吉祥寺での開催が終幕を迎えるとのニュースがもたらされました。ご近所だったのでとても寂しいですが、菫色的な要素が不足していた吉祥寺を特別な場所にしてくださった霧とリボンは、薫香と美しい余韻を残して、次のフェーズに軽やかに移行し、また何かすごいものを爆誕させるに違いありません。次はどの街を菫色化されるのかが楽しみです。

2023年12月

吉祥寺での最後の展覧会
《最終幕〜菫色の小部屋》会場風景
2023.12.10〜17

江口理恵|音楽ディレクター・翻訳家 →Instagram
レコード会社の洋楽部で海外渉外業務を経て、クラシック制作ディレクター。クラシックのコンピレーション・シリーズで「日経WOMANウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」ヒットメーカー部門受賞。現在はフリーで音楽ディレクターや音楽関連の翻訳業務を行っている。

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