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ビストロ バンビ 1

山の奥の獣道の先に小さな空き地があり、そこがパーキングとなっている

小さな看板は「こちらを徒歩でお上がりください」と手書きで書いてあった。

見渡せば、木々が生い茂りそろそろ黄色くなりはじめようかと私を見下ろしているように感じる。

鼻からゆっくり空気を吸い込んで肺に貯めると、なんとなくだけど自分が少し浄化されるような気分になるのもいいなと思った。

遅めのランチタイムを取る為に、ここへやってきたのだ。静かな時間を過ごしたい人だけが来るビストロバンビ。

誰かのお屋敷を改装して、カジュアル創作イタリアンとでもいうようなお店には、仕事先の名瀬さんから紹介してもらったレストラン。名瀬さんは、行政書士の仕事をしながら、バリバリ働く独身女性で私の4こ上の先輩でもある。

「つかれた時は、美味しいものを静かな場所で食べるのもいいよ~黒ちゃん」

美味しいものとは、自分が作れなそうなものを自宅ではない空間と自然がマッチしてそして静寂が必要だと私は考えている。山の中腹にある湖畔のそばのこのお店は、女性客が多くランチを外して来る客は文庫本を読んだり、物思いにふけっている人が多い。

私は、文庫本派だった。

「本日のお勧めランチでよろしいでしょうか?」

私は「はい」とだけ答えた。

このお店には、メニューは一つだけしかないので選択視がないのだ。

苦手なものや、アレルギーが出るものはその場で申し付けるシステムになっている。

前に名瀬さんとも来ているので、要領は多少分かっているつもりでもあるけど一人は少々の不安を感じるので、周りの人の皿を目を細めて見つめてみる

「こちらは、本日のバケットでございます」細身の男性が優しく微笑みながらバスケットとオリーブオイルの瓶を置きながら、お水をデカンタと一緒にセッティングをした。

私は、文庫本をたたみ早速パンをちぎりオリーブオイルに付けて食べると、鼻から抜ける柑橘系の香りとオリーブの香り、そしてバケットの旨みと食感にうんうんと頷いてしまう。

(美味しい!やっぱりこのバケット美味しいな~)

3種類のバケットは小さめなので、あっという間に無くなってしまう。

「本日のサラダでございます」

レタスやルッコラベビーリーフや食用の花が添えられ、赤カブのシャキシャキ感を楽しみながら、時折遠くから香るペッパーの香りがまたいい。

窓の外の湖畔には、小さな鳥達が休んでいるのを見つめながら、空の雲って早く流れるんだな、なんてぼんやりと見ていた。

ここの、お勧めのポタージュがたまらない。コーンの甘味と人参やジャガイモの甘味もしっかりと出た優しい味わいに、またおかわりバケットが進んでしまう。

メインは鯛とアサリの、アクアパッッァが魚介の旨みを引き出していてイタリアンと和風出汁ソースにやはり、食用の花がちりばめられて美しい。

これに、ハーフサイズの手打ちパスタが付いてくるのだ。鯛とアサリのアクアパッッアだったので、どんなパスタかドキドキだったけど、オマールエビとキノコのクリームパスタだった。レモンが効いていたので思ったよりもさっぱりと食べれる。

デザートは、レモンミントのソルべと小さなガトーショコラ

そして、エスプレッソ。添えられたスプーンには可愛く包装されたキャンディーが添えられていた。

なんて幸せなランチタイムなんだろう・・・・本なんて忘れちゃうほどの美味しい時間を過ごし、お会計の際

「お味はいかがでしたか?」とシェフが現れ

「もう、美味しくて疲れが飛びました」と答えると

「そうですか、それは良かったです」とにっこり笑いながら

「こちらは試食用にどうぞ」と小さな紙袋をくれたのだ。

スロープをゆっくり下り、車に乗り込み袋を開けてみたら小さなマドレーヌが4つ入っていた。これまた、バターの香りと柑橘系の香りがたまらない。

私は、車を動かしながらお店の方を見ると、あのシェフが手を振っているではないか・・・。たまたま私が最後の客だからかもしれないけれど、心が温かくなった。

名瀬さんに報告しなきゃ。このビストロ バンビをひろめたい。

ティースプーンに乗っていたキャンディはバタースコッチの濃い味がする。どこまでも憎らしいほど美味しいビストロ バンビへ貴方も行きたいと思いませんか?


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