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あの散歩道

下北沢から西に向かう。下北沢らしい細い道を通り、BOBUS TRACKという商業施設を通り、小さな旅館と高圧電線の下を通り、世田谷代田駅を抜けると辺りが開ける。
小田急線沿いの歩道、その先に見える富士山。

別にこの散歩道のことを詳細に書きたい訳じゃない。

以前この散歩道をデートで歩いた。初めて歩いた場所だった。下北沢の曲がりくねった小さな路地から、一気に抜ける眺望は壮観だった。

この散歩道は自分にとって特別な場所になったと思う。たまに思い出すかもしれない。あるいは新しい人を好きになったりして状況が変わったら思い出さなくなるかもしれない。そうなっても記憶には存在し続けるだろう。意識の表層に出なくても確実に無意識には存在し続けるだろう。そんな散歩道だ。

それが不思議だ。

ただの散歩道だが、自分にとってはかけがえのない場所だ。一度きりデートしたのが理由だ。そして会えなくなった後、何度も一人で歩いたのが理由だ。

自分がこの場所をどう感じてるかを正確に書くのは難しい。結局のところ、どんな場所なのか、どこをどうやって歩いたのか、どんなことを考えたのか、そういった細部の蓄積を書くことでしか、思いを表現できないのかもしれない。細部を、こんなふうに寝る前にふらふらと文字を打つのではなく、ちゃんと腰を据えて書いたら、ちょっとは表現できるだろうか。それもわからない、ささやかな試みだと感じる。

彼女とはSyrup16gの話をした。小田急線沿いの道を歩く手前で左に折れて、もう少し安全に歩ける住宅街を一緒に歩いた。

会えなくなってから一人で歩いた時は、ナインティナインのANNの、岡村隆史が鬱から復帰した回を聴いた。あれはスリリングな回だと思う。鬱のエピソードがギリギリのところで笑い話になっていた。スタジオの空気にはなんだか愛を感じた。

その小田急の線路沿いの道は歩道が狭くて危ない。他に安全な道がないか、いろんな経路を一人で歩いて探索した。ある時はパン屋でパンとコーヒーを持って一人で歩いた。

そんな道だ。

定期的に思い出すだろう。
何を思い出すんだろう。
小田急線沿いの道とその先にある富士山のこと。
デートで歩いて羽根木公園まで行ったこと。後に何度も一人で歩いたこと。ナインティナインのANNが力になってくれたこと。

思い出さなくても、記憶に眠り続ける。

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