およめさん

幼稚園受験の日、母は「今日はこれからあなたが通うことになる幼稚園に遊びに行く」と私を連れ出した。

緊張することもなく、普段通りに出来た私は無事、合格したようだ。後に母から、あれが受験だったと聞かされ拍子抜けした。

期待に胸を膨らませて入った幼稚園生活は、全く楽しいものではなかった。年上の兄や姉を見て、気持ちだけは大人と同じつもりだった私は、周りが子どもばかりだという事実に直面し、自分が子どもだということを叩きつけられ、途端に恥ずかしくなった。

運動会のかけっこは、「大人は一人も走ってないじゃない」「走ったら私も他の子どもたちと一緒になってしまうから嫌だ」「かっこ悪い」とごねてごねて、父におぶられて走った。周囲からみればその方がかっこ悪いのだが、当時の私はあくまで自分が走るわけではなく、父が走るということで納得したのだ。

あるときは母に抱えられ、あるときは父に肩車をされ、あるときは兄や姉に手を引かれ、それでもなんとか通わされた。

母が作ってくれるお弁当に入っているブロッコリー、鼓笛隊の練習、シュッと整った顔立ちをした帰国子女の男の子―タクミくん―に会えることだけが楽しみだった。
タクミくんには好きな子がいて、私はすきと言えず、応援する方に回り、最後はタクミくんのお父さんのシンガポール転勤でお別れをした。
思えば、その後も恋の仕方はあの頃と変わっていないのかもしれない。

休み時間になるとごっこ遊びをする子どもたちを横目に教室で絵本ばかり読んでいた。何を気に入っていたのか、今となっては思い出せないが、おばけとスパゲティとカステラが出てくる本を、何度も何度も繰り返し読んだ。
そうしていると、同じ類の女の子が何人か集まり始め、読んだ絵本を共有し研鑽し合う仲間になった。

ある日、その仲間の一人のアヤカちゃんが、ごっこ遊びをしていた。私は逆上し、その日からアヤカちゃんのことを無視するようになった。

卒園するとき、〝将来の夢〟について書かされた。ごっこ遊びをしていた女の子たちはこぞって『パティシエ』と書いていた。私はそれをマネして『パティシエ』と書いた。どれほど沢山の絵本を持っていても、ごっこ遊びをする女の子たちの方がキラキラして見えていたのだ。

出来上がった卒園アルバムを見返すと、アヤカちゃんは〝よ〟を逆に書きながらも『およめさん』と書いていた。罪の意識がどっと押し寄せてきた。

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