つめたがい

 今は海から離れたところに住んでいるけれど、東京に出てくるまでは海の近くに住んでいた。母の田舎には長い砂浜があって、日曜日には車に乗ってよく出かけた。砂浜では貝殻を拾った。特に好きな貝はつめた貝だった。
 
 つめた貝は貝を捕食する。けれど、私は生きているつめた貝を見た記憶がなくて、いつも貝殻で拾っていた。だから、獰猛というよりも、そのかたつむりのような形に、神秘的なものを感じていた。アンヌ・モロー・リンドバーグは『海からの贈り物』の中で、つめた貝の様子をこんなふうに書いている。
 
 これは蝸牛の殻の格好をした貝で、円くて艶があって橡の実に似ている。こぢんまりとした形の貝で、猫が丸まっているような具合に、い心地よさそうに私の掌に納まる。乳白色をしていて、それが雨が降りそうな夏の晩の空と同じ薄い桃色を帯びている。そしてその滑らかな表面に刻みつけられた線は貝殻のやっと見えるぐらいの中心、眼ならば瞳孔に相当する黒い、小さな頂点に向って完全な螺旋を描いている。この黒い点は不思議な眼付きをした眼で、それは私を見詰め、私もそれを見詰める。(吉田健一訳)
 
 『ファイナルファンタジーⅡ』で、白魔道士ミンウがアイテムとして「つめたがい」を持っている。ファミコンの画面を見つめながら、つめた貝が好きだった私はそのことを密かに喜んでいた。あのつめた貝の形の神秘性みたいなものは、魔法と結びつくイメージがあるのだろう。
 
 生きているつめた貝を見た記憶がないと書いたけれど、つめた貝を宿にしているやどかりと出会うことは何度もあった。私はそのことを羨ましく感じた。そして、今でもつめた貝のような家に住みたいという気持ちをどこかに持っているように思う。

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