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やがて君になる 二次創作「お姉ちゃんの夢がかなった日」(澪パート)

 わたしは動けなくなって密閉された箱の中で寝続けるようになってから何年たったかな。十年はたったと思う。でも、燈子が毎日話してくれることは返事できないけどちゃんと聞いているよ。

 文化祭が目の前に迫ったあの日、買い物を頼まれて帰るとき、信号無視の車にはねられて、飛ばされて、頭を打って、わたしを抱きながら泣き叫ぶママ…… そして、気がついたときには警察署の作業台にいたよ。そこで警察と書かれたジャケットを着た人たちがわたしの身体の状態を確認していったよ。その様子は恥ずかしくないと言ったら嘘になるけどね。それが終わった後は冷蔵庫で充分キンキンに冷やされたよ。その時を思い出しただけでひんやりしてきたね。それからさらに式場に連れて行かれて裏口から入って作業室に移されてそこの台に寝かされたよ。そしてそこの係の人に、まず顔をマッサージとかして気持ちよく寝ているような顔にしてもらった後、
「これ、最後の食事だよ。美味しくないかもしれないけど」
と言われてそれなりの量の綿を飲まされたよ。そして、
「これからちょっと痛い作業をするけど我慢していい子にしててね」
と言われたわ。彼女はわたしの首のあたりから頸動脈を引っ張り出してビニールホースを繋いだよ。そして機械の音がしてそこから血管の中にたっぷりドボドボこれでもかと薬品を注ぎ込まれたよ。作業台の横からは押し出されていった血液が流れていってそれはそれで複雑な気持ちだったよ。最初はズキッとした痛みにウッとなったけどその薬品を体中に回すために腕や手足の指をもんでくれたのでそのときは気持ちよかったね。そして薬品が染み渡って筋肉が固くなって足がつったような感覚になったけどそれもしばらくしたら慣れたよ。彼女はその後わたしの下腹部に鉄パイプを差し込んてそこから余計なものを抜き取った後、そこにも薬品を注ぎ込んだよ。今度はプラボトルから直接。これも最初は痛かったけどね、体内のものが抜き取られたときはスッキリした感じがしたよ。次に指先にも注射されたけどこっちはあまりチクッとはしなかったよ。その後は体全体をシャワーで洗って、タオルで拭いて、ドライヤーで乾かしてもらって、仕上げに遠見東の制服を着せられてこれからずっと「永遠の高校生」として過ごすのかな、と思ったね。好きな制服だったからそのときは喜んだんだよ。でもね、何年もたった今はもう着替えたいと思っても箱を開けると酸化してせっかくの肌色が変わるからダメだって聞いて残念な気持ちになったよ。

 それからね、箱の中に寝かせられて式場で黒い服のみんなと再会して、しばらく花飾りに囲まれて過ごしたよ。お経なんて子守唄気分で聞いていたよ。久しぶりに会えた人がいたのは嬉しかったけど、その多くはもう会えないと思うとかなり寂しいよ。それで、式が終わってやっと家に戻ってきたわ。最初はベッドで、しばらくしてからはアクリルのふたがついた箱の中に寝かせられたよ。墓に行かずにうちにずっといられることにママの心の傷の深さを痛いほど感じるよ。もし、わたしを家に置いておくことができなかったらママはビルの屋上に忍び込んだかもしれなかったと言っているのを聞かされたときは……

 一時期燈子は自分の部屋に戻って、『私はお姉ちゃんになる』と口癖のように言っていたけど、髪を長く伸ばしたとママから聞かされたときは、わたしのコスプレしたいのかと思ったよ。 でも今は頑張って充分成長していると思うよ。一応プロの役者になれたんだからわたし以上かもね。多分市民劇団に出入りする程度だったと思うし。

 それからしばらく経ったある日から、ずっと毎日のように燈子はわたしに話しかけてきたよ。前から家族の声は遠くから聞こえていたけど、何かあってここの存在が燈子に知られたみたい。それ以来そうやって燈子に会えるのがわたしの楽しみ。そんなある日、彼女は、
「お姉ちゃんを文化祭に出したいとOB会から頼まれたんだけどどうかな……それがお化け屋敷なんだけどね……今ちょうどハロウィンだからということで」
と、少し困った顔で言ったんだよ。返事ができたらもちろんいいよと言いたい所だけどもう話すことはできないんだよ。わたしがどう思っても伝わらないのが辛いね。

 そしてその日が来てわたしは箱ごと車に載せられてどこかに向かったよ。わたしが念じたのが通じたみたいだったね。そして箱が降ろされてどこかに置かれてふたが開けられた。ここは……教室? しかもお化け屋敷!? 念願の文化祭参加ですよ! わたしも嬉しくて泣きたいです。あと少しで出ることができなかった文化祭にも出ることができて。でももうまぶたは動かなくて涙を出したくても出ないんだよね。

 ここにやってきた来客たちは、スタッフに誘導されて箱の前に案内されて「安らかな」とよく言われるわたしの寝顔をのぞき込んでいったよ。そっと通り過ぎる人がいたり、手を振ってみたり、「こんにちは~」と声をかけてみたり、手を合わせて祈ったり、どうせうまく再現されたただのマネキンだろうと思って通り過ぎたり、そしてわたしに「あなた、伝説の生徒会長だっだんだね。あの事故さえなければ……」と、語りかけて涙を流す人もいたね。伝説の生徒会長って少し大げさで面と向かって言われて恥ずかしかったけどね。もしかして外に張り紙か何かが貼られていてそういうことが書いてあったのでしょうか? そして雪くんがやってきて彼はわたしの寝顔を見て「澪~!」と泣き叫んで滝のような涙を流したよ。わたしの方の気持ちは十数年ぶりに会えて嬉しかったというほうが勝ったかな。

 そして、文化祭が終わってわたしは家に戻されて、またひまな毎日になってしまったね。でもいいの。毎日朝晩箱のふたを開けて燈子が話しかけてくれてそれを聞いているだけで十分な愛を受け止めていられるし、そして燈子の幸せを最後まで見届けられるから。

 燈子、今日もさっそく話しかけてきたよ。ニコニコした表情で今日、どこかの駅の一日駅長やったんだって、てね。駅長だけじゃなくてわたしの影響で一日署長をやったり。わたしも燈子と一緒にもう一度舞台に立ちたいな。誰かわたしのために機械の体とか作ってくれないかな?燈子に話したいこともたくさんあるしね。でも、無理だったら箱のままお化け屋敷の時みたいに小道具として使ってもらってもいいね。

(おわり)

見出し写真:近江鉄道高宮駅



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