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私のプロフィール

骨格・美ボディピラティス/
パーソナルトレーナーの浜北恵です。

諦めていた慢性腰痛ポッコリお腹を解消!
骨格から動かすピラティスで、
根本的な姿勢改善をしています。

私が骨格・美ボディピラティス/パーソナルトレーナーをやっている理由は、私自身が慢性腰痛で自分の思いどおりに動かせない、動けないという辛くて苦しい経験をしたからです。

当時、物を持ち上げる、前屈みで何かの作業をするなど、ほんの何気ない日常動作で、体を曲げると腰が痛い!立ち上がる動作で腰が痛い!そんな日々が続いていました。何も対策することなく、見てみないフリを何年も続けた結果、ある日突然動けなくなりました。

何をやっても一時的にしか改善せず、途方に暮れていたそんな時に、ピラティスに出会い、慢性痛を克服する術を身につけることができました。


また、慢性痛を解消することを追求し続けたら『諦めていたぽっこりお腹』も徐々に解消するという、なんとも嬉しい副産物も手に入れることが出来ました。

まさに『美と健康』は表裏一体です!

その経験から私は、腰痛に困る人を中心に、慢性痛で悩む人の役に立ちたいと思い、骨格・美ボディピラティス/パーソナルトレーナーをしています。

昨日まで当たり前に動かすことができていたカラダが、突然思い通りに動かせなくなる喪失感…これは計り知れないものがあります。

『自分の自信や、やる気を根こそぎ奪う』

そのような苦い経験をしたからこそ、痛みで人生の幅を狭めてしまう人の少しでもお役に立ちたいと思っています。


人生初の取材を受けた記事はこちら↓↓↓



今回はそんな私のストーリーをご紹介します。ぜひお読みいただけると嬉しいです!

【小さかった頃の出来事】

埼玉県深谷市で産まれました。
幼い頃は「私は女の子👧」という意識が強い
キャンディキャンディが大好きな子供でした。

リボン🎀や、フリフリの洋服が大好きでした。

歌を歌うのも大好きでした。
童謡から、クラッシック音楽まで音楽は大好き。

小学生の頃は、エレクトーンを習っていました。
でも、ヤマハ音楽教室の級を上がっていくと
編曲をしないといけなくなり、先生も怖くて。
それでエレクトーンはやめてしまいました。

【ダンスにはまった中学、高校時代】

そんな音楽大好きな私は、
中学校の体育の授業で
音楽をカラダで表現するダンスと出会いました。

当時は海外のダンス情報を入手するのが難しくて。
中学校の体育の授業の課題で
“創作ダンスを創る”を完成させるために
何で調べたかは昔すぎて覚えていませんが、
私はMCハマーの踊りを見て衝撃をうけました。
当時は、ダンス甲子園も流行っていました。

もちろん創作ダンスの曲はMCハマー🤣

カラダの各部位を自由自在に操り
楽器を奏でるように感情を表現する
ダンスの魅力に強く惹かれたんだと思います。

高校生の頃は、ダンスを習ってました。
バイトで稼いだお金を全てダンスに使いました。
埼玉から東京(下北沢)まで2時間半くらいかけて、
1時間のレッスンを受けるために毎週通ってました。

当時のダンススクールは、先生の後ろ姿を見て
見よう見まねで生徒がついていくスタイルでした。

今のように、手取り足取り丁寧に教えてくれない。
複雑なステップも、先生の動きを必死で観察して
目に焼きつけて、友達と一生懸命練習する。

なので、1つのステップでついていけなくなると
もうその後の時間は、ちんぷんかんぷん😵

ダンスセンスがあるわけじゃないので
何度、挫折感を味わったことかわからないくらい。

でも、ダンスが好きだったので
ダンスが上手な人に声をかけて
わからないステップを聞いたりして
なんとか上手になろうと頑張ってました。


そんな感じで、あまり上手ではなかったけど、
どっぷりと、のめり込みました。
上手くなりたい気持ちは強かったと思います。


短大生の頃は、完全にクラブミュージックや
ソウルミュージックなどにはまっていました。
魂をゆさぶられる、あの音の響きが忘れられない。

ダンスに対する情熱や、憧れは人一倍ありました。でもダンスに関して、正直上手ではなかったです。
だけど、大好きだから“誰よりも上手くなりたい”
そう思っていたので、純粋に行動していたら、
色々な人と、出会うことができました。

それで、今振り返ると恥ずかしいですけど
ショーなどにも、何度か出演させて頂いたりしました。

着飾ることや人前で発表するのが
好きだったように思います。
感情を表現するものに惹かれたんですね。

【新社会人になれない挫折と転機】

そんな私は、ダンス、ダンス、ダンス。
それにしか興味が、まったくなかったので、
短大卒業する前の就職活動もほとんどせず
周りの友達が卒業を機に、社会人になっていく姿をみて、就職先がない自分が(なんだか急に取り残されたような)そんな気持ちになりました。

そんな私に「あなたの好きそうなお店が求人だしてるよ」と、友達が声をかけてくれてアパレル業界に入ることになりました。


大好きな音楽を一日中聴きながら
頭の中ではダンス、ダンス、ダンス。
自分の好きな洋服を着飾るキラキラした世界。

これが、
私のアパレル業界に入った最初の動機です。
振り返ってみると、浅はかすぎて恥ずかしいですが。お金なくて東京一人暮らし、世間知らず。
無知だから、随分と苦労しました。

ですが、ここで私の
仕事スイッチを押すような転機がありました。

当時の店長から「あなたに店長を任せたい」
そのように言われました。

それまでの人生、何をやっても
情熱をもって一生懸命やっても、花が開いたことがなかったので(どうせ自分なんか何にも才能ない)と、どこかで、無意識に思ってたんです。

だから、ただ単純に凄く嬉しかった。
なんだかダメダメな私が、社会に認められたような
そんな嬉しさがあったと思います。

その後、海外の買いつけをするバイヤー経験をしたり、店長を経験したりして、売り場づくりが楽しくて、もっと色々学び自分の可能性を広げたくなりました。

アパレル業界で販売で終わるんじゃなく
販売からの叩き上げで、どこまでキャリアを上げていけるかを挑戦してみたくなりました。

それで、この会社を退社しマーチャンダイジングのスクールに通うことを決めました。
同時に、世間知らずで社会人経験のなさを克服したかったのでマーチャンダイジングのスクールに通う一年間だけと決めて、派遣社員登録をし沢山の会社を点々とし事務、経理補助、テレアポ、テレオペなど経験しました。
色々な会社で、色々な人の働く姿をみて自分の狭かった視野が広がったと思います。

【アパレルでの大きなやりがい】

こうして、マーチャンダイジングのスクールを
卒業した後にアパレルメーカーに就職しました。

この時の志、私の大きな目標は
現場から叩き上げで本社で活躍する!
これ一点集中でした。それしか考えてなかった。

幸い就職して配属になった店舗が
売り上げ全国ナンバー1の凄腕店長のとこだったので、ここでみっちりと販売から売り場づくりまで叩き込まれました。

さすがに全国ナンバー1の店舗なんで厳しかった。
私も、自分の目標が現場どまりじゃなかったから
必死にくらいつきました。

こんなチャンスはないから、この人から
そしてこの素晴らしい環境の全てから
根こそぎ良いスキルを自分の物にしよう!
そんなモチベーションでした。

ですが、本当に厳しかったので
気持ちがついていかない日もあって
朝、行きたくない症候群になることもありました。

アパレルの現場で楽しかったのは
その日の天気や気候、湿度、空気感、あとは街を歩く人々の服装や色合わせ、雰囲気などを、よ~く観察して当日売れるコーディネートを考えて打ち出す。売り場を作る。

そう、例えば同じ黄色でも冬に好まれる黄色と
春先に好まれる黄色、夏に好まれる黄色の色彩は
まったく違います。

同じ色を見てるのに、人は心の眼鏡で見えるものの
感じ方が変わるんです。

だから、その日の天気や気候、湿度、世の中の空気感で好まれる色や、色のコーディネートが変わるんですよね。洋服の素材の組み合わせも、日々の微妙な変化で変わる。だから、昨日は皆に大人気だったけど今日は全然人気がないなんてこともある。

その生きた変化を、
自分の肌で感じ売り場におとす。
それが、とっても楽しかったです。

毎朝、出勤する時に感じて分析して
マネキンにコーディネートして
多くの人に受け入れられて、売れていく。

通りすがりの人々が

素敵なコーディネート
綺麗な色あわせね~

と洋服を買うつもりじゃなかったのに
思わずお店に立ち寄って下さる。

その洋服を手にして
ニコニコしながら『ありがとう』

そこには、無条件に心に感動を生み
人の心を動かす感動的な瞬間があるんです。

それが、私はとても楽しかったです😊

そして、売り場を作ったら、
売り場の空気を動かし活気をつくる。
売れてる売り場を演出するんです。
そうすると、人がどんどん入ってきて活気が活気をうむ。スタッフとのチームワークで高い売上を達成した時の喜びを分かち合う瞬間。1日中、売り場に立つスタッフは、私と2人きり。たった2人で、ビックリするような売上を達成したこともあります。

これらが、私の得意なことであり、
アパレルでの大きなやりがいでした。

また、お客様に本当に似合うものを提案すると
表情がみるみる変わり喜んでいただけるのも嬉しかったし、日常の些細な悩みをお客様から相談されるのも嬉しかった。


ファッションというものを通して
感情をかよわせ、コミュニケーションする。
色彩などを使って、感情を自由に表現することができるそれが楽しかったから、アパレル業界に長くいたのかもしれません。

【アパレル本社勤務時代の挫折】

社長に実績を認めていただき、会社の基幹ブランド
初のショップディレクターに大抜擢されました。

自分の意志でつかみ取りに行った、本社での活躍の場でしたが、私には向いてなかった。ファッション業界が向いてなかったと思います。

着飾ることは好きでしたが、
私はファッションオタクではないので
キャリアを重ねていく過程で苦しくなりました。
そのことについては、こちらの記事をご覧下さいね↓↓↓

結局、自分の心や感情に蓋をして、
その職をまっとうしようとしてたので、
周りからの期待や大きな責任とプレッシャーに
押しつぶされ私の心は疲弊してしまいました。
退社する直前は、もう心ギリギリのラインで
なんとか奮い立たせて頑張っていた感じでした。

この時の私が、
もしオンとオフを上手に切り替えて
心のコントロールが出来ていたなら、
もう少し楽にいられたように今は思っています。

本当に、ドラマのような
独特なアパレル会社でした。
面白い良い経験だったと思っています。

【ヨガとの出会い】

出産を機に、アパレル会社を退職。

旦那には、産後に冗談まじりで
「私、ヨガインストラクターになりたい」って
言ってたんです。子供が0歳児のころです。

その時は、旦那に「突然何言ってんの?」と
笑われました。でも、旦那も私の呟きを覚えていたらしく「近所にスポーツクラブが出来るみたいで、オープニングスタッフ募集してるよ」と教えてくれました。

そんなちょっとしたきっかけで、
子供が2歳になる頃に、
もともとやってみたかった
スポーツクラブで働きはじめました。
本当に、人生ちょっとしたきっかけがありますね。

(出産時20kg増えたから産後3年目…まだまだ体がブヨブヨ)

働きはじめて一年も経たないうちに
社内のヨガ養成コースにも参加させて頂き
ヨガインストラクターとしてレッスンを
担当させて頂くことが出来ました。

ヨガは、心を穏やかに人生を豊かに歩む術を
5000年以上前の先人たちが語り継ぎ教えてくれたもの。

人生、本当に必然的に導かれることがあるなと
スポーツクラブに入って、つくづく感じています。

これを、ヨガ的に解釈すると
人生の使命みたいなものもあるのかもしれません。

何故なら、私がアパレル時代に、
我慢の限界、すぐにでも崩壊しそうな心を
なんとか繋いでくれたのも実はヨガなんです。

だから、
自然と私もヨガの世界に
強く惹かれていきました。

アパレル時代は、自分の虚栄心から
ずいぶんと、肩肘はっていたと思います。
周りが期待する自分になろうとしてました。

しかし、スポーツクラブの仕事では
そんな、無駄な虚栄心のような雑念はなく
目の前の困っている人のお役に立ちたい!
だから、一生懸命学んで正しいことを伝えたい。

そんな風に思っていました。

【自分の居場所を見つけた!】

実は、若い時からインストラクターの仕事に憧れていました。何故なら、昔からダンスが大好きだったからです。ダンスのインストラクターに憧れていました。

ですが、若い私は社会の中で自分のキャリアをつむことに価値観を見いだしていたので、アパレル業界で突っ走ってました。

もちろん、今と変わらず一生懸命頑張っていました。でも、頑張った先で掴んだものは、自分が思い描いていた幸せで充実した毎日ではありませんでした。

しかし、スポーツクラブで働きはじめ、色々な人のカラダの悩みなどを相談される毎日の中、損得勘定ぬきに、目の前の困っている人のお役に立ちたいと純粋に思っている自分がいるのを感じた時に、ここが私の居る場所だなと強く感じました。

それは、ダンスが好きだったのと同じくらい
私が生粋の健康オタクだっていうのもあると思います。

そんなわけで、全てがトントン拍子に
上手くいったわけではありませんが、
毎日が楽しくて、やりがいに満ち溢れてました。

【整体と私】

整体と私の出会いは20代のころ。
健康オタクすぎて、本業のアパレルと関係ない
当時出来たばかりの健康管理士を取得しました。

その資格のご縁で知り合った柔道整復師さんに
「柔道整復師や理学療法士の人達が、更に学びを深めたくて通っている、整体の寺子屋があるから一緒に学びませんか?」と声をかけてくれたのがきっかけです。


それは「碓井流活法(うすいりゅうかっぽう)」です。師匠はここは、みんなが学びを深めるために流れつく寺子屋だよと、よくおっしゃってました。

師匠の豪快で、暖かい人柄が大好きです。

↓調べたら、師匠の動画発見!

活法は、古流柔術の裏技である治療術です。古来より柔術家が相手を倒す、関節を極める、当て身を入れる等、相手を倒す方法(殺法)というものがあります。それに対して蘇生する、治療するなどの、相手を活かす方法(活法)は、救急術や医療術になります。

わかりやすくまとめると、
日本の武士たちが、負傷した兵士を迅速に回復させる技として、師匠が弟子に語り継いできた伝統療術です。全ての物事は、陰陽、表と裏がある。
因果応報であるという考えが根底にある活法。


その辺りも、今振り返ってみるとヨガやピラティスにとっても似てますね。師匠の教えが頭にある私がヨガやピラティスにたどり着いたのは必然的なのかもしれません。

話しを戻しますが

『相手を活かし、自分も活かされる方法』
『施術される人も、施術する人も活かされる』
『だから活かす法と書いて活法』

本来、人間がもつ自然治癒力を引き出し
その人自身が、自分で良くなっていく。
そのためのスイッチを押すのが我々の役目。
だから、施術者が治してあげるわけではない。

目の前の人、1人1人よく観なさい。

そんな教えでした。

アパレルで働きつつ、毎週一回師匠のとこに通っていました。3~4時間みっちり学習をする、この寺子屋に3年半ほど通っていました。応用編まで進んでましたが、本業が忙しくなり続けることが出来なくなりました。

スポーツクラブでは、沢山の会員さんからカラダについて様々な相談をされます。

皆さん、整形外科でレントゲン撮ったけど特に異常はないからといわれ、筋肉つけて下さいと言われて結局、慢性痛で悩んでいる人が多い。

長らく整体からは離れていましたが、皆さんのカラダの悩みを聞いているうちに、私はカラダを実際に触って整えることができて、その人にあった運動のご提案ができるインストラクターでありたいと、強く思うようになりました。

そこで、整体を改めて学びなおし資格(日本健康整体普及連盟協会認定整体師)を取得しました。現場経験もして、今も沢山の方の施術をさせていただいてます。

カラダの使い方や、思考のクセ、生活習慣、仕事などが、その人のカラダを、そして痛みを様々な不調をつくっているということを、沢山の方のお体を触らせていただき感じました。

施術をすればするほど、それは私の心の中に確信となっていきました。

【頑張りすぎて動けなくなる苦悩】

ヨガの他に、アクアヴィクスやボクササイズなど
様々なクラスを担当させて頂きました。

楽しくて仕方なかったので
毎日、練習練習…
筋トレもやり自分のカラダづくりも全力!

そんな日々を送っていました。

だけど1つ怠っていたこと
それは…
『自分のカラダをケアすること』
です。

そんな生活を何年も続けていたら
慢性腰痛が当たり前という状態になりました。

でも慢性的に痛いけど
動けないわけではないので
見てみないフリ、気づいてるのに
何にもしませんでした。

そしたら、ある日突然。

複数のレッスンが終わった直後に
まったく立ち上がることが出来なくなりました。

その年の私のカラダは、怪我のデパートといった
感じでした。膝を痛め「内側側副靭帯損傷、半月板も痛めてる可能性あり」と医師に言われました。数ヶ月レッスンを休まざるおえなくなりました。回復してから気をつけてレッスン再開してたのですが、次は肩に痺れがでて、肩が上がらなくなりました。そして最後は腰…気をつけてレッスン再開したはずなのに、今度はまっすぐ立ち上がれない状態になってしまいました。

疲労の蓄積がピークに達したのでしょう。

この時に

昨日まで当たり前に動かすことができていた
カラダが、突然思い通りに動かせなくなる
そんな、辛い喪失感を経験しました。

『自分の自信や、やる気を根こそぎ奪う』

そう痛感し、
根本的にカラダの使い方を改善し
一生使えるカラダを作りたい!
そう思い、ピラティスを本格的にはじめました。

何故なら好きな仕事を続けたいからです。

保育園のママヨガ
アニマルピラティス(Zoom)
大好きなアクアヴィクス


楽器を奏でるように感情表現するベリーダンス

【ピラティスでカラダが変わった】

自分のカラダの使い方のクセと向き合うようになったら、動作の質が変わりました。
動作の質が変わってきたら、カラダの歪みが改善し痛みの解消方法を自分にあったやり方にして、その都度ケア出来るようになっていました。

すると、カラダを痛める頻度が劇的に減りました。
そして、体のラインも整ってきました。

股関節の歪みを整えてます😉

目に見える変化を感じたピラティスを、多くの人に伝えたいと考えるようになりました。

【ヨガとピラティスの違い】 


ヨガは、ヨガのアーサナを通じて
カラダを動かし可能性を引き出す過程で
心とカラダが、どんどん変化していきます。
更に、瞑想などを通じて心を見つめて
自分らしさをみつけていくものだと思っています。

フィットネス的には、
全身をバランスよく引き伸ばします。

左右、上下、前後バランスよく筋肉を使うことで
日々縮んでしまった動かしにくい筋肉を
自由自在に動かせるようになっていきます。

ピラティスは、もともと戦場で負傷した人のリハビリからうまれたものです。なので、丁寧に各関節を正しく動かす練習をしていきます。ヨガと同様に全身を引き伸ばしバランスよくカラダを使いますが、ヨガよりもカラダを正しく使うことを重要視するのが特徴です。自己流で使っていた歪みのあるカラダを、正しく使う練習をすることで、本来あるべき姿にもどし、快適な毎日を過ごすことが回数を重ねるたびに出来るようになっていきます。

カラダの可能性を広げて、人生の楽しみを広げてくれる素敵なものです。

実際、私はダンスが好きだけど
カラダを自由自在に動かせなくて
ダンスがあまり上達しませんでした。

しかし、ピラティスをはじめてからは
私のカラダを動かす感覚も鋭くなってきて
スタジオレッスンなどのフォームが驚くほどに整いました。ボディラインも凄く整いました。

そして、カラダを解剖学的に正しく動かすための
筋肉の使い方が、頭とカラダで理解できるようになってからは、自分の動きの修正も正しくできるようなりました。

更には、パーソナルのクライアントさんなどにも正しく動かすコツをわかりやすく伝えられるようになり、クライアントさんのカラダも変化するようになっていきました。

カラダづくりを通して
人生を変えてもらいたい!

自分に自信をつけて
楽しく自分らしい毎日を過ごしてもらいたい。


カラダを自分の思いどおりに動かせなくなる
それは、感情に蓋をするのと一緒で凄く辛いです。


全ては自己表現の手段であり、
人生の大事な目的で一部であると思います。
皆、自分の存在を確かめたいと願っていると思う。
皆、自分の感情を本当は解放したいのではないか?

そんな風に、私は考えています。

だから私は、それぞれの人が思い描く
理想のカラダ目指す伴走者として寄り添いたい。

それぞれの形の、カラダづくりを通じて
沢山の人に思うまま自由自在に動かせるカラダを
手に入れてもらいたいと切に願っております。

ということで、生粋の健康オタクで
音楽とダンスが大好きな私は今、
水を得た魚のようにイキイキと
インストラクター&パーソナルトレーナーを
させて頂いています‼️

大変なことも含めて毎日が楽しいし、(本気で自分のカラダを変えて人生をより良いものにしたい!)と思っている方のサポートをさせて頂くことが嬉しくて仕方ないです🎵

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