水面下のシーソー
ある生徒が言っていました。水面下のシーソーみたいなもんなんですよ、と。どちらかが沈むと、もう片方が浮上してくる。なにかに秀でるには、犠牲が必要。なるほど。
学校では、沈んだら、水面近くに持ち上げる指導ばかり。僕が勤務している学校は、フツウの普通高校。先生たちも、ザ・フツウ・ティーチャーばかり。シーソーを水面下に保ち、問題がないことが理想。
フツウのセンセイは、フツウの生徒を育てたいんです。だから、フツウから外れたら、指導。水面下のシーソーの片方が浮上したら、沈めます。
そんなことをしようとしているセンセイはいないんです。怖いのは、それを無意識にやっていること。フツウのセンセイのフツウの人生を否定されたくないので。
これからの進路指導は、進学か就職か、理系か文系か、そんなことじゃないんです。
AIのスイッチを押す側か、AIにスイッチを押されるか、この二択。フツウのセンセイたちは、すでにAIにスイッチ押されてます。気づいてないでしょうけど。
だから、教え子たちよ、逃げろ!フツウに成り下がったら、スイッチ押される勢の仲間入りだぞ。