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SS【雨の歌】#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画「雨を聴く」に参加させていただきます☆

お題「雨を聴く」から始まる物語

【雨の歌】(1065文字)

「雨を聴くと心が安らぐわ……。失恋した時にはね」
 ユカは頬杖をついてカフェの窓外を眺めながら言った。降り始めた雨が紫陽花の葉を揺らしている。
 ふうん、と私はブラック珈琲をすすりながら、いつものようにユカの話を聞き流している。その態度は、友人としては冷たいかもしれない。でも彼女はしょっちゅう恋をして、しょっちゅう失恋している。その度に励ましたり慰めたりするのも飽きた。

 雨足は次第に強くなってくる。
 失恋するにはもってこいの日だね、そんな軽口まで叩きそうになったが、さすがに自粛して代わりに二杯目の珈琲を頼んだ。
「マユちゃん、カフェイン摂りすぎじゃない?」
 ユカが言う。
「胃は丈夫だから平気。一日五杯までにしてるし」
 嘘だ。十杯近く飲む時もある。中毒の自覚はある。でも酒も煙草も甘いものにも興味がないのだから珈琲くらい良いだろうと思っている。ついでに言えば男にも。
 目の前のユカは二つめのフルーツパフェを突いている。失恋したばかりの女がこんなにパフェを食べるものだろうか。
「砂糖の摂りすぎじゃない?」
 言い返してやる。
「甘いものは心が安らぐの。失恋した時には特にね」
 ふうん。私は二杯目の珈琲をすすりながら、再びユカの話を聞き流す。その時、店内のBGMが止まる。BGMって不思議だ。静かになると音楽があったことに気づくけど、何の曲が流れていたのかは思い出せない。

「マスター、今の曲、もう一度聴かせてくれる?」
 ユカが甘い声で言う。マスターが黙ってうなずく。
「今、なにがかかってたの?」
「マユちゃん、あたしの話ちっとも聴いてなかったでしょ。森高千里の『雨』よ」
 ユカが唇をとがらせる。
 なーんだ、雨音じゃなかったのか。森高千里の歌ね、はいはい。私は可笑しくなって声を出さずに笑う。くっくっく。
「その笑い方やめてよー。そもそもマユちゃんがそこいらの男子よりカッコいいから、あたしの恋がうまくいかないのよ。……つい比べちゃうのよね」
 ユカがプンと頬をふくらませる。かわいい奴。

「今からカラオケでも行く?聞くより歌う方が失恋に効くんじゃないの」
 からかい半分でユカを誘う。
「やだ、傘もってないもん。雨が止むまでここにいる」
 あのー、『雨』って、思い出も涙も流すから雨にぬれていたい……みたいな歌じゃなかったっけ?すでに立ち直りはじめているユカを見て、私はまたくっくっと笑ったが、ユカは知らん顔して大きなスプーンでアイスクリームを頬張る。

 ……そんなユカを見つめるたびに悲しくなって、雨にぬれたくなるのは私の方だ。私はユカから目を逸らして三杯目の珈琲を頼んだ。
 雨はまだまだ止みそうもない。
 



おわり

※参考サイト 『雨』森高千里さん 
 飾り気のないファッションで直立のまま歌う森高さんも素敵です(*´ω`*)



© 2024/6/9 ikue.m

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