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僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて「酒と耽溺」


全部どうだっていいはずなのに、酒を呑むと全てが愛おしく思えてきてしまう。例をあげるなら、自作の小説や、彼女がくれた文庫本。来週行われる七夕祭りと泡銭。あるいは少女S、もしくは性女S。
雑多な居酒屋にて、茫漠、閑散とした水晶体に輝る猥褻な煌めき。グラスの中で氷が回れば自ずと僕の生命も廻る。こんなものは退廃思想の耽溺日記だと罵って読まないつもりかい。別にかまわないよ。僕は痛みだけを信じているんだ。ただのニヒリストでしかないと。何、君だって。


四年ぶりに開催された隅田川花火大会。僕には縁がなくて、今晩も地元の酒屋をハシゴしていた。その日、僕は一ヶ月ぶりの執筆を行って、短編『非、斜陽の女盛り』を書いた。売れない作家の子どもを生みたがる若い女の話。
軽い脱稿の高揚を腹に溜めて、夕刻、陽が落ちぬ間に同席者と改札前で落ち合って、キンと冷えたビールをぐいぐい火照る身体へ流し込んだ。夏になってから一日一食しか食べなくなって、胃袋は縮まった。だから僕は酒ばかりを飲んだ。ちゃんぽんありきの暴れ酒。いつも通り最後はジャスミンハイの連打になるのだけれど、浮気性の僕は茉莉花を哀しませたくて飲みたくもない焼酎をたまに挟んだりした。同席相手は専ら烏龍ハイだった。同じペースで呑んでくれるので有難かった。何より喫煙者なので、煙草が吸える店だけを選んで入れた。あとは顔が良い女で助かった。

紫煙。支援。私怨。紫艶。煙がくゆって、瞬きをする度に僕は泣き出しそうになって、瞳が暈夜けると対面の同席者がまるで忌まわしき呪いみたいに映ってしまって、顔が全然違うのに僕は息が詰まって、こんな時にまで現れるんじゃあないと呪いを憎んで必死に酒を飲んだ。グラスが空になる前に次の酒を注文する。途切れてしまうのが恐いのだ。酒も、人間関係も、生活力も、意欲も。
同席者が話していた内容が、どこか呪いに似通っていたからだろうか。季節が変わっても、僕はちゃんとぶっ壊れたままだった。

まあそれからのことはよくある話で、別に特記する程でもないので割愛。最近、僕は酔うと「傑作を書くんだ」と五月蝿いだけの莫迦になるし、僕と飲む女はきまって「あなたとなら死んでもいいわ」と嘯くだけの白痴になる。
帰路、同席者を隣に歩かせながら、口いっぱいに含んだストロングチューハイ。夏夜の温度ですぐにぬるくなって、吐き出したい気持ちを抑えながら吸収していく。溺れたかった。泳げない僕は溺れ上手のお惚れ上手だった。缶を握り潰すような力で強く抱き締め、「君は生きろ、僕は死ぬから」と言った。同席者が笑ったので、煙草を吸った。悪くない味だった。


それから同席者と解散し、我が親友Kに「まあ今日も退廃」と報告をした。彼は「ヴィヨンの妻が見つかるまで」と返事をくれた。少し笑えた。嫌味のない冗談は、まるで炎天下の熱風みたいに爽やかで鬱陶しくて、何より愛らしかった。これも酒のせいだろう。
僕はこの文章を、ベンチに寝転びながら書いている。翌日目覚めて読み返した時に、あまりに赤裸々な部分は消さなければいけないだろうが、今はそこまでの意識が保てないので走り書いて画面を落とすことにする。

酒癖の悪い僕の話を読んでくれてありがとう。最後になるが、いつか出逢う、または既に出逢っているであろうヴィヨンの妻に言葉を残してこの耽溺日記を締めよう。



君がいないと、僕は不安だ。


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