それでも世界は 輝いている 26話
「ヨウ……あなたは、ローゼンティーナで何をしているのですか……?」
小さな手を太陽に翳す。
明鏡のトップに君臨する少女、乙姫は物憂げな溜息をついて目を閉じる。
白袴を着た乙姫は、長い髪を扇状に広げて草むらに横たわっていた。爽やかな風が夏草の香りを運んでくる。
世界は動こうとしている。
今は小さな波紋のような現象だが、それはやがて大きなうねりとなって世界を飲み込むだろう。
御剱の中でも、最上位に位置する『外伝(げでん)』。三振り存在するうちの、一振り、『外伝・三千世界』の所持者である乙姫は、三千世界の力を使って未来を見通す力を持っていた。
過去数千年の長い間、明鏡が世界各国を導いてこられたのには、圧倒的な技術力差の他に、三千世界が見せる未来視の力が大きく起因していた。物心ついた頃から、乙姫は三千世界の所持者として、この狭い世界に閉じ込められてきた。
乙姫の生活は、島の外へ出る以外の自由を与えられていた。望む物は全て与えられ、何を言っても許される。当然、乙姫は傲慢に育つことになる。誰も乙姫を咎める人物はいなかった。ただ一人を除いては。
今でも思い出される八年前の御剱見聞。あそこで、乙姫はヨウと出会った。ヨウが明鏡で生活したのは、ほんの数週間。毎年行われる、いつもの御剱見聞。育ちの良い者達が集められ、皆規則だたしく生活している。だが彼は、彼らは違った。あの時から彼らは異端だった。乙姫の意識を一八〇度変えた運命の出会いだった。
ヨウ・スメラギ、篠崎由羽、レアル・ザン・オスキュート。この三人は、あろう事か宿舎から抜け出し、一般人では進入不可とされている禁足地に足を踏み入れた。いつもの様に未来視を済ませた乙姫は、そこで三人と出会った。
衝撃的だった。ここは、限られた人しか出入りできない場所だった。周囲には護衛もおらず、命の危機を感じた乙姫は硬直してしまった
「あれ? 間違えたかな? ねえ君、御剱って何処にあるの?」
「御剱?」
パッとしないあどけない少年。第一印象は、あまり良くなかったと思う。
「御剱を探して、どうするの……?」
必要とあれば、乙姫が彼らを撃退するしかない。同年代の少年少女だが、世界各国は明鏡の御剱や技術を喉から手が出るほどほしがっていることを、乙姫はよく知っていた。見た目で騙されるほど、乙姫は単純ではなかった。
「教えられない……」
身構える乙姫を、少年は不思議そうに見つめた。
「教えられない、か。そうか……貴重なものだものな……当然と言えば当然か」
黒髪の少年、ヨウはがっくりと肩を落とした。
「だから言ったじゃない。私たちじゃ探せないって」
由羽だった。昔から、彼女は冷静に状況を分析していた。
「でも、面白かったから良かったじゃねーか。オレ様は、こうして遊びに出られただけで満足だぜ? 締め付けがきつすぎるんだよな、この島は」
レアルだ。彼は、いつどんなときも物事をポジティブに考えている。
「だね。明日は、海岸の方に行ってみようか」
三人を纏めているのは、意外にもヨウだった。どう見ても、三人の中で一番ヨウがオーラがない。言ってしまえば、平凡なのだ。
「じゃあ、帰ろうか。君も帰ろうよ。途中まで、僕たちが送っていくよ」
「私は……」
「下まで、結構な距離だよ。一人じゃつまらないだろう?」
手を差し伸べてくる少年。悪意も邪気も、下心もない笑顔だ。
乙姫は固まってしまった。同年代の子と話したことなどない。彼らの仲の良い雰囲気は、自分の中に足りなかった何かを満たしてくれるだろう。そして、感覚で分かる。この三人には、自分の我が儘は通用しない。いつものように我が儘を言ったら、三人はさっさとここから立ち去ってしまうだろう。
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