それでも世界は 輝いている 32話
「由羽、どうしましたか?」
「どうもしないわ。それで、私とジンオウを連れてきたって事は、未来視を見せるんでしょう?」
「はい」
神室は様々な光で満たされていた。本来、ここには光源がなく静謐な闇が満ちた空間だった。だが、乙姫の御剱、三千世界に反応し、壁や床に埋め込まれたチップが反応して光を発する。神室は、乙姫が見る未来視を空間に映し出す部屋なのだ。
基本、未来視の力は扱い方によっては世界の命運を決める事ができる。たとえば、乙姫個人が望まない未来があったとしたら、彼女の意思でその未来を決定づけることができる。明鏡は未来視の巫女の命令により、世界を動かしてきた。中には、巫女が好き勝手な未来図を描き、それを実行してきたこともあった。そうした事を防ぐために開発されたのが、この神室だ。原則、未来視はこの部屋のみで行われ、必ず第三者が立ち会うことになっていた。乙姫が見た未来視を第三者が確認し、そして世界の行く末を決定する。今まで、その役割は由羽が担ってきた。由羽がローゼンティーナに行っている間、由羽の代わりを果たすのは、横にいるジンオウなのだろう。
「由羽、ジンオウ、今から未来視をします。見る度に映像が乱れ、様々に変わります。それほどまでに、未来は流動的と言うことになります」
「ローゼンティーナで起こる事件が、集約点か」
「はい。間違いなくそうでしょう」
集約点。それは、数多くある歴史の中で、どのような行動を起こしても、必ずその結果になるポイントを指していた。たとえば、先の三つの大戦がそうだ。その際、どの様に明鏡が動いても、戦争は避けられなかった。
そして今回の件。それは、由羽達がどのように動こうが、魔神機は復活し、ローゼンティーナが炎に包まれると言うことだろう。
「来なさい、三千世界」
朗朗とした声が響いた。虚空を切り裂き、一振りの小刀が出現した。何の飾り気もない、シンプルな小刀だ。乙姫は三千世界を手にすると、右手の人差し指で三千世界の刃の背をそっと撫でた。
「鬼が出るか蛇が出るか」
「もっと酷い、龍が出るかもよ」
ジンオウの呟きに由羽が答えた。
乙姫が光に包まれ、ふわりと天に昇っていく。部屋の中央まで来たとき、部屋の中に映像が映し出された。床、天井、壁を問わず、様々な映像が映し出される。
「これは……」
ジンオウが息を飲んだ。由羽は目を細めただけだ。
「バラバラね……。今までは四つの絵がそれぞれ別々の内容だったけど、これは、数え切れないほどの絵が、全て別の内容を示している」
「可能性の数です。ただし、全ての絵に共通しているのは、魔神機が復活していること。その未来は変えられません」
由羽は足下に浮かんだ三十センチ四方の映像を見た。それには魔神機が復活し、ローゼンティーナを焼き払っている。アリエールが戦い、シノが戦う。だが、二人の力は及ばず、魔神機の放出したビームが二人の体を瞬時にして蒸発させてしまう。映像は切り替わり、ヨウが一人の少女と逃げ惑う姿が映し出された。炎に包まれたローゼンティーナを、ヨウは少女の手を引きながら逃げている。再び、映像は乱れ、今度は由羽が戦っている映像が映し出された。しかし、由羽一人では魔神機に勝てるはずもなく、五体がバラバラにされてしまった。
「ハハハ! 由羽! 見ろ、お前、どの映像でも殺されているぞ!」
「わーってるわよ!」
気にしていることを、ジンオウは笑って言う。
これは、悪趣味な映画やCGではない。乙姫が見せた未来の姿。まだ定まっていないが、殆どの可能性において由羽は大惨事になっている。
「由羽、これは可能性の一つです。だから……」
「気にしてないって。大丈夫よ」
そうは言うが、やはり良い気分ではない。無数に映し出され、移り変わっていく映像。由羽が無事に生き残る道を探す方が困難だ。
「それほど、魔神機は強力って事ね」
分かってはいたが、想像以上なのかもしれない。
由羽が魔神機との戦い方を考えていると、映像が消えた。乙姫が未来視を止めたのだ。
「由羽、どうしますか?」
乙姫は心配そうに尋ねてくる。乙姫にとって、由羽はこの島唯一無二の友達なのだ。
由羽は肩をすくめた。
「行くわよ、もちろん。準備をして明日の朝発つわ」
「そうですか、気をつけてくださいね」
「ええ」
由羽は力強く頷く。
「任せといて。さっきの未来視は散々だったけど、私は未来を知った。この事が、きっと未来を変えるわ。魔神機のことは変わらないと思うけど、きっと良い方向に未来を変えられると思う。魔神機を止めて、生きて戻ってくるわ」
「任せました、由羽」
「おう、行ってこい。明鏡は俺に任せときな」
乙姫とジンオウの言葉に由羽は笑顔で答えた。
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