それでも世界は 輝いている 27話

「ほら、良いんだって。行きましょうよ。見つかるとまた五月蠅くどやされるわよ」

「だな。行こうぜ」

 由羽とレアルは先に行こうとするが、ヨウだけは手を差し伸べたままだ。

「さ。一緒に行こうよ」

 返事はできなかった。ただ、乙姫は頷くと、ヨウの傍まで歩いて行った。何故、明鏡で一番偉い自分がこの少年に従うのか、乙姫には不思議だった。普段は、付き人の言うこともまともに聞かないというのに。だが、彼と一緒に歩くのは不思議と安心できた。

 島外から来た三人は洋服だった。自分だけ白袴だと、凄く浮いてる。乙姫は三人の会話には入れず、後ろをついて歩いていた。

「君、名前は?」

 ヨウが聞いてきた。乙姫は躊躇ったが「乙姫」と、小さな声で呟くように言った。

「乙姫か。あそこにいたって事は、君はこの島の子?」

 乙姫は頷く。

「馬鹿。この島の子は当然として、かなり偉い子じゃない? あそこ、禁足地っていって、普通は入れない場所なのよ?」

「そうなんだ。普通の道から来たら、やばかったかもね」

「下手すりゃ強制送還じゃない? ま、私はこの退屈な島から出られるなら、それでも構わないけど」

「そうか? オレ様は楽しいぞ」

「あんたは特別よ」

 乙姫は住宅街まで来ると、ヨウ達と別れた。別れ際、ヨウは「また明日此処で」と、誘ってくれた。乙姫は答えられなかったが、ヨウは気にしないで宿舎へ戻っていった。

 翌日、乙姫は約束の場所に足を運んでいた。乙姫の姿を見て、ヨウ達三人は嬉しそうに笑ってくれた。そして、それから御剱見聞の日まで、乙姫は三人と秘密の冒険を楽しんだ。

 御剱見聞前日、乙姫達はこの場所に来ていた。徒歩で行ける場所を行き尽くした乙姫達は、ここ数日は決まって海が見渡せるこの山の上に来ていた。

「明日、頑張ってね、三人とも」

 二週間近く一緒に遊んだせいか、乙姫も三人に打ち解けていた。聞けば、三人と知り合って一月も経っていないようだ。御剱見聞の為に、三人とも別の国から来たらしい。

「乙姫はどうするの?」

「私は立ち会えないわ。仕事があるから」

「そっか、未来視の仕事、大変そうだものね」

 三人には自分の事を明かしていた。明鏡のトップに君臨する、未来視の巫女。乙姫の一言で、一つの国を消すことさえ容易い。それだけの力を持った巫女。なのに、三人は乙姫を一切特別視しなかった。彼らが幼いからではない。三人は、未来視の巫女である乙姫ではなく、一人の少女、ここにいる乙姫をそのまま捕らえてくれているからだ。

 乙姫には、それが新鮮であると同時に嬉しかった。今まで自分に傅く大人に囲まれて育った乙姫に、初めてできた友だった。

「俺も御剱に選ばれれば良いな。そうすれば、みんなとずっと一緒にいられるだろう?」

「大丈夫さ、俺様達三人は、絶対に選ばれる。なあ?」

「そうだね」

 ヨウとレアルは兄弟のように仲が良かった。ヨウが落ち着いた兄、レアルがやんちゃな弟といった感じだ。そして、由羽は年の離れた長女で二人の弟を冷静にたしなめる、そんな感じの図式ができていた。乙姫は三人の従姉妹、そんな立ち位置だろうか。

 四人は草むらに寝転がり、遠くから聞こえる潮騒に耳を傾けていた。

 由羽、レアル、ヨウ、乙姫の順番で寝ている。乙姫が動かした手が、ヨウの手と触れた。瞬間、乙姫の体は火が付いたように熱くなった。呼吸が止まり、触れた指先が痺れる。

 顔を僅かに動かすと、ヨウは星空を見ている。黒曜石のように澄み切った瞳に、星の煌めきが映り込んでいた。

 恐る恐る、乙姫はヨウの手に自分の手を重ね合わせた。暖かい。ヨウの温もりが手のひらという僅かな面積を通して伝わってくる。恥ずかしくてヨウを見られなかった。乙姫はヨウから顔を背けていた。だから、彼がどんな表情をしていたのか、乙姫は知らない。だけど、ヨウは答えてくれた。ヨウは、乙姫の手を握ってくれた。力強く、握りしめてくれた。乙姫はヨウに答えるように左手に力を入れた。その状況が、一生続けば良いと、乙姫は思っていた。

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