それでも世界は 輝いている 29話
明鏡の中でも、特に特別な区域、神宿山(かみすくやま)は神域とされていた。神様の宿る山といっても、それは旧時代の超越した神ではなく、未来視で世界を導く乙姫が住み、未だ繰者の決まらない御剱がある。地下深くには、いくつもの魔神機が安置されている。
神域は明鏡の住人でさえ、なかなか足を踏み入れられなかった。入れるのは、各部門の幹部クラス、そして、御剱繰者とその相棒である鈴守、そして、乙姫の護衛や世話係だけだ。
神宿山には、乙姫が未来視を行ったり、明鏡の行動方針を決める社が頂上にあるだけだ。由羽は乙姫を伴い、社に到着した。汚れた白袴を着替えるべく、乙姫は侍女と共にいったん奧へと引き上げる。乙姫を見送った由羽は広間へと向かう。百花繚乱の繰者である由羽の立場は、明鏡の中でもトップ5に入る。乙姫が異論を挟まなければ、由羽の意見はほぼ全てが通る。だが、政治に興味の無い由羽は、毎日行われる会議に出席したこともなければ、その権力を自らの自由以外に振るったことがない。だが、今日は別だ。同格のジンオウも出席するし、話し合いの内容はローゼンティーナ、それもヨウの内容だ。苦手な場所だが、由羽も出席するしかないだろう。
私服姿の由羽の姿を見て、前室に待機する守衛達は驚いた表情を見せたが、すぐに頭を垂れ、入り口をである襖を開ける。
だだっ広い部屋だ。なんの装飾もない、ただの畳張りの部屋。中にいる人物は司法を司る七星(ななほし)晃司。立法を司る早(はや)坂(さか)玉江。行政を司る天風(あまかぜ)壮一。そして、天ノ御柱の一振り、『獅子奮迅』の繰者ジンオウ・スメラギが座っている。
「遅くなったわ」
由羽はジンオウの隣に座る。
ジンオウ以外の三名の視線が由羽に注がれる。それほど、この場に自分がいることが珍しいのだろう。
由羽は三人の重鎮達を見返す。
司法のトップである七星晃司は、若草色の着物を着た初老の男性だ。白髪の髪をオールバックにし、蓄えた口ひげにも白髪が交じっている。着物の上からでも分かる鍛えられた体に鋭い眼光。厳格という言葉が一番似合いそうだが、明鏡のトップ三名の中で、一番笑いが分かるのが彼だ。そして、晃司は乙姫の父でもある。
次は立法のトップ、早坂玉江だ。艶やかな赤い着物を着た、細身の四〇代の女性だ。厚い化粧で香水の匂いもきつい。目元がきつく、何処となく取っつきにくそうな女性だが、三児の母であり、キャリアウーマンとして有望で部下からの信頼もかなり厚い。
最後は、行政は天風壮一だ。三十代前半の彼は、三人の中で一番若い。無精ひげを生やした飄々とした風貌であるが、弛緩した瞳の奥にはいつも光る物を秘めている。
「珍しいわね、由羽がこの場に来るなんて」
玉江が由羽を見て目を細める。その言葉は由羽のことを邪険にしてるのではなく、単純に驚いているのだ。本来、由羽は毎日この場に集まり、このメンツと数時間話し合いをしなければいけない立場なのだ。
「状況が状況だから。私も、動かなきゃでしょう?」
由羽の言葉に、壮一が「そうだね~」と言い、晃司が無言で頷く。
僅かな衣擦れの音が聞こえてきて、一同は背筋を正した。由羽も背筋を正す。由羽が入ってきたのとは逆の襖から白袴を身につけ、薄い化粧を施した乙姫が伏し目がちに入ってくる。乙姫は少し離れた所に座ると、スッと顔を上げた。普段見る陽気な乙姫ではない。明鏡のリーダー、そして、世界の未来を守る未来視の巫女としての乙姫がそこにいた。
「では、ジンオウ、量産型スフィアについての説明を」
「はっ」
珍しくジンオウが頭を下げる。彼も、この場での発言がどのような意味を持つのか、分かっているのだろう。普段はおちゃらけているが、やはり、由羽と同じ天ノ御柱の繰者ということか。
「ローゼンティーナからソフィアの情報が流れている件ですが、調査の結果、流れているのは情報だけではなく、量産型ソフィアその物が流れている可能性があります。恐らく、受取手はガイゼスト帝国」
「量産型ソフィアが? ローゼンティーナの管理体制はどうなっているの?」
玉江が口を尖らせる。ジンオウは一つ頷く。
「アリエール達も気を張ってるようですが、やはり、流れてしまうらしい。どうやら、初期の生産量からして、データが改竄されているようです。内通者は研究者でも、かなりの上の地位に立つ物だと思われます」
「量産型と言っても、生産量は一週間に数個でしょう? まだ生産ラインも確立されていない、それに、性能だって」
アリエールから送られてくるソフィアの研究成果を、由羽も目を通していた。六つのオリジナルソフィアから生まれた一〇〇あまりの試作量産型ソフィア。それを賦与された者はエストリエと呼ばれ、ローゼンティーナでも特別な存在だと聞く。そして、量産型ソフィアは、試作量産型よりもさらに安価で生産性を追求した代物だ。性能は試作量産型以下となるが、それでも、数がそろえば大きな脅威になる。
「ええ、だから問題なんだ。試作品には、研究過程を含めたほぼ全ての情報が入ってる。それが外に流れると言うことは、その国で研究してより強力な物を生み出す」
「どちらにしろ、ソフィアが流れれば、それを研究してより強力な物が作られる。人の世で繰り返されてきた事だね」
他人事のように壮一が顎を撫でながら言う。
「現実問題は、ソフィアではありません。ローゼンティーナから簡単に技術を持ち出すには、それなりのバックが付いているはずです」
「傀儡、あいつらか」
晃司は呻く。
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