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女子×キス=コクハク

「………ンッ…! ィッ……」

 翔子は左手でバスルームの壁を軽く叩き、そのまま体重を支える。右手の指先は秘部に向けられ、蛇のように滑らかに、艶めかしく動き翔子に快感を与えてくれる。

 波のように断続的に襲いかかってくる絶頂に、翔子は歯を食いしばり体を僅かによじらせて堪える。僅かに漏れる声も、流れるシャワーの音に消されるはずだ。声を出してはいけない。外には親友の小原せつみが眠っているのだ。

「せつみ……せつみ……」

 翔子はせつみの名前を言いながら、全身を包み込む絶頂に負けてその場に崩れ落ちた。荒い息をする翔子に、シャワーが降りかかる。

「せつみ……」

 せつみの名前を愛しそうに呟き、翔子は体に広がる快楽の余韻に身をゆだねた。

 せつみと知り合ったのは、中学校入学初日だった。

 引っ込み思案で受動的なせつみ。それに対して、翔子は出しゃばりで能動的だった。せつみは黒髪で黒縁眼鏡のお淑やかな少女。翔子は明るい栗色の髪に、少し釣り上がった大きな瞳。男勝りで喧嘩っ早い所があった。全てに対して正反対。普通なら、絶対に絡まない二人だったが、翔子とせつみは前後の席だった。授業などでは前後の席とセットで行動することも多く、接点が生まれた。気が付くと二人は親友になっていた。

 考えなしに突っ走ってしまう翔子を、せつみが優しく、的確に止めてくれる。すぐにそんな関係ができあがった。お洒落に疎いせつみに翔子がお洒落を教え、勉強の苦手な翔子にせつみが勉強を教えてくれる。高校入学の際も、せつみがいてくれたおかげで翔子はせつみと同じ高校に入ることができた。

 シャワールームから出た翔子は、鏡に映る自分を見た。顔が赤くなっているのは、アルコールのせいだけではない。体の火照りがそのまま顔に表れている。快感を感じた女性の表情。いつもの勝ち気な女性は、鏡の中にはなかった。

 翔子は髪を拭き、体を拭いて黒い下着を身につけた。裾の長いTシャツに袖を通し、リビングに向かう。ドアを開けると、せつみはソファーに横になって眠っていた。

 足を忍ばせ、翔子はせつみの傍らに向かう。

「せつみ……?」

 小さな声で呼びかけてみる。ただ名前を呼ぶだけなのに、心臓が張り裂けそうだ。早鐘のように打ち鳴らされる鼓動で、せつみが起きてしまうのではないかと思う。翔子はせつみの横に座った。乱れたスカートの裾を見て、翔子は唾を飲み込んだ。

 大学卒業後、地元を離れ都会に就職した翔子だったが、対人関係がうまくいかず、二年ほど働いて退職して地元に戻ってきた。それなりの蓄えがあったため、翔子は地元に帰ってきても実家には戻らず、アパートで一人暮らしを始めた。職を探して一月ほど経ったある日、せつみの誘いで同窓会に出席することになった。

 見慣れた顔、だが、すでに大人になった友人達がいた。定職についてバリバリ働いている者、結婚して子供がいる者、それぞれがそれぞれの人生を歩いていたが、共通しているのは、みんな満足そうな、満ち足りた表情を浮かべている事だった。

 同級生の中でフラフラしているのは自分だけだった。友人達は、励ますように良い職が見つかるといい、またある友人は、すぐに恋人ができると無責任に言う。

「大丈夫よ、翔子は綺麗なんだから、すぐに良い人が見つかるって」

 翔子は「うん」と言いながらも、心の中で否定する。良い人は見つかっている。自分にはこの人しかいないという人がいる。だけど、それは同性だった。皆の前で胸を張って言えることではなかった。

 翔子はお酒を飲みながら、少し離れた場所に座るせつみを見た。中学、高校と変わることのない、生真面目そうな黒縁眼鏡。眼鏡の奥にある、優しい眼差し。せつみはこちらの視線に気が付くと、少女のように笑みを浮かべて手を振ってくれた。

 翔子は少し顔を赤くしながら、せつみに肩をすくめて見せた。

 程なくして、せつみは翔子の隣へ来た。

 せつみから、ほのかな香水が漂ってくる。この香りは、翔子が好きな香りだった。高校時代、お洒落に疎かった翔子がせつみに教えた香り。柑橘系の爽やかな香りの中に、花の香りを混ぜたシプレ系の香りだ。この香りは、翔子がせつみに合うと思い選んだのだ。あれから何年も経っているというのに、せつみがこの香りを纏ってくれていることが、なんだか嬉しかった。

「翔子ちゃん、あまりお酒が進んでいないけど?」

「せつみは、少し飲み過ぎじゃないの?」

 少し上気した顔。眼鏡の奥にある目は少しトロンとしている。

「他の人の成功と幸せを見せつけられちゃうと、飲む気も起きない」

「誰も成功はしてないよ。普通に生活しているだけだと思うけど」

「失敗していないだけで、私から見ればみんな成功者よ」

 片肘をつき、つまみの枝豆を口に放り込み、「つまらない」と小さく呟く。それを聞いたせつみは、申し訳なさそうに下を向く。その仕草、表情が翔子の心を激しく乱す。

「冗談よ、ジョーダン。連れてきてくれたありがとう、良い気分転換になったわ」

「本当に? 良かった」

 せつみは微笑み、ぐいっと手にしたカシスオレンジを飲み干した。

 それから、せつみは翔子の横でグイグイとお酒を飲んだ。元元、そんなに飲めないせつみは、余程気分が良かったのだろう。同窓会がお開きになる頃は、まともに歩くのも困難なほどだった。

「俺が送っていくよ」という同級生に、翔子は噛みつくように威嚇して見せ、千鳥足のせつみと一緒に比較的近い翔子のアパートにやってきた。

 髪に残った水滴がせつみの頬に落ちた。せつみは、僅かに眉を顰めただけで、起きる気配はない。

 せつみほどではないが、翔子もお酒を飲んだ。少し気が大きくなっているのかもしれない。目の前には愛おしいせつみがいる。それも、無防備な姿でだ。翔子はこのシチュエーションを長い間夢見てきた。

「……スキ……」

 小さく呟き、翔子はせつみの厚い唇に唇を重ねる。

 唇から全身に電気が流れるようだった。ただ唇を重ねただけだというのに、体を巡る興奮は凄まじかった。僅かな面積から感じるせつみの体温、香ってくるアルコールの香り、ファンデーションの香り。それら全てが生々しく、艶っぽく、翔子を興奮させる。

 せつみは起きない。

 翔子はもう一度せつみにキスをする。今度は舌を使い、ゆっくりと、じっくりとせつみを味わう。そして、そのまま唇を顎先、喉元へと移動していく。

 翔子はぺろりと喉を舐める。汗の味と香水の香りが口の中に広がった。

「私のミスなんですか?」

 白に統一されたオフィス。照明の灯りに照らされ、デスクは眩いばかりに輝いていた。

「これ……、私のミスですか?」

 翔子はもう一度尋ねた。

「そう、君のミスだ」

 指先が震え、全身の力が抜けていくのが分かった。

 重要な取引先の致命的な発注ミス。当然、何度も何度も見直した。何よりも、最後の確認をしたのは、目の前にいるこの男のはずだ。

「そんな……私は何度も……」

「何度も確認したとしても、ミスはミスだ」

 男は冷たく言い放つ。

 翔子は血が出るほど唇を噛みしめた。

 嵌められた。それが分かったときには、もう遅かった。この男は、翔子にフラれたことを根に持っている。そして、周りにいる同僚達の視線も冷たい。きっと、この男があること無いこと言いふらしたのだ。

 先日、仲の良かったこの男に告白された。結婚を前提に付き合ってくれと言われても、翔子はこの男の事を好きでもなかったし、女性が好きな翔子はにとって、男性は恋愛対象にさえ見られない。悪いことに、同僚の女子社員にこの男に気がある子が何人もいたと言うことだ。プライドだけは高いこの男は、自分をフッた翔子のことが許せず、こういう嫌がらせをしているのだ。会社の損失よりも、自分のプライド回復を優先する。そういう奴なのだ。

「大変なミスだぞ。覚悟しておくんだな」

 眼鏡の奥に光る瞳に、以前のように優しい輝きはなかった。

「………」

 悄然と項垂れた翔子。両手で持った分厚いファイルを見つめ、手に力を込める。

「最悪の結果、辞表を書いてもらうかもしれないぞ」

 勝ち誇ったように男は言い、翔子に背中を向けた。

「……ざけんな……!」

 翔子は一歩大きく踏み込んで、ファイルを振り上げた。

 「あっ!」周りの誰かが声を上げた。関係ない。悠然と歩き去る男の頭頂部に向けて、思い切りファイルを振り下ろした。

 激しい音共に、ファイリングされていた資料が飛び散り、男が蹌踉めく。

「巫山戯んじゃねー! クソ野郎! そんなんだから、私に振られるんだよ! 死んじまえ根暗ァ!」

 翔子は力の限り男を殴りつけた。不意を突かれた男は、その場に倒れ込み、頭を抱えて悲鳴を上げていた。

 その日のうちに解雇になった。訴えられなかっただけ、マシだったのかもしれない。

「せつみは、私を裏切らない……」

 それは分からない。せつみは翔子のことを友達と思っている。だけど、それは友情。愛情ではない。

 翔子の右手が、せつみのロングスカートに掛かる。ゆっくりと、ロングスカートをたくし上げていく。途中、せつみが苦しそうに溜息を漏らした。

「ンッ……」

 息を止める。スカートに掛かった右手はそのままに、左手で心臓を押さえる。高鳴る心臓。その音が、せつみを起こしてしまうかのようだ。

 スカートに掛かっていた右手が下ろされた。同時に、せつみがうっすらと目を開けた。赤く充血したせつみの目が、翔子を捕らえた。

「翔子ちゃん……?」

「せつみ」

 せつみの名を口にしただけで、次の言葉が続かなかった。

 体を支配していた興奮が一瞬のうちに冷め、見えない手で胃袋と心臓を握りしめられたかのような感覚が体を支配する。

 ヤバイ。嫌われる。皆に言いふらされる。ネガティブな言葉が頭の中で乱反射する。

 金縛りにあったかのように、翔子は固まった。こちらを見上げるせつみの目には、呆然と佇む翔子の顔が写っていた。

 せつみが手を伸ばし、心臓に当てていた左手を握った。せつみの体温が、凍り付いたように動かなくなった翔子の体と心を溶かした。

「翔子ちゃん……おやすみ……」

 せつみは翔子の手を握りしめたまま眠ってしまった。少しだけ開いたせつみの口から、寝息が聞こえてきた。

 翔子は大きく溜息をつきながら、せつみの手を握りしめた。

「おやすみ、せつみ」

 翔子はせつみの額にキスをすると、せつみの手を握りしめたまま、ソファーに寄りかかるようにして眠りについた。

 翌朝、翔子は漂ってくる味噌の匂いで目が覚めた。いつの間にか、翔子はソファーの下で眠っており、タオルケットが掛けられていた。

「おはよう、キッチン借りてるよ」

 見ると、狭いキッチンに立ってせつみが朝食を作っていた。

「おはよう……」

 せつみが朝食を運んでくる。

 翔子はせつみを直視できなかった。昨日のこと、せつみは覚えているのだろうか。せつみの唇の感触を思い出した翔子は、顔が赤くなるのを感じた。

「どうしたの? 翔子ちゃん、二日酔い?」

「二日酔いじゃないよ。私は、余り飲まなかったし」

「そう? 風邪でも引いたかな? 顔が赤いよ」

 翔子は首を横に振った。せつみは覚えていないようだ。ホッとした反面、少し寂しかった。せつみに自分の気持ちを分かってもらいたい。だけど、受け入れてもらえる保証はない。

「昨日ね、夢を見ちゃった」

「夢?」

 せつみは翔子の前に腰を下ろした。

「うん。翔子ちゃんと、……キスをする夢」

 せつみは顔を赤くして言った。

「それで……? キスは、どんな感じだった?」

 翔子は正面からせつみを見た。せつみも翔子を見返してくる。

「うん……、驚いちゃったけど、ドキドキした……」

「悪い感じは、しなかった?」

 翔子はゆっくりと身を乗り出す。せつみは翔子を見つめたまま、身じろぎ一つしなかった。

「うん。気持ちよかったかな」

「そう……」

 自制できる自信は無かった。嫌われても言い。自分に正直でいたい。一番好きなせつみに、本当の自分を知ってもらいたかった。

「じゃあ、もう一度、キスしてみようか」

 せつみは応えない。だけど、目を閉じてくれた。

 それが合図だった。

 翔子は目を閉じ、ゆっくりと、優しくせつみの唇に自分の唇を重ね合わせた。

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