葉桜オフについて-結

こういうところで団体の話を勝手に話すのどうなんだろう感。とはいえオフ管轄に関しては主催のさくらんに一任されているので好き勝手話します。

最近話したこと

葉桜杯のオフが無いけど雷撃と合併しちゃったのかな?

A.結果としてそうなりました。
考えてみれば当然で、僕が雷撃という大規模な大会を主催する以上他の大会は当然疎かになりますし、最悪の場合は消えます。
とはいえ正直ランクバトルやYoutube活動を辞めれば葉桜オフも従来通りできるのですが、大会運営にそこまでのモチベが無いというわけではなく、そういった大会外での活動を行った方が最終的に大会も大きくなると推測して諸々に取り組んでいます。そもそもそういった活動が楽しいという側面もありますが。

葉桜オフについて詳細に話す機会が無かった

葉桜オフは私がコミュニティの課題を解決するために企画・主催をしました。それらに伴う理由や時代背景など諸々を考慮した結果生まれたのが葉桜オフです。
葉桜杯自体は剣盾期に継続して開催されていましたが、期間が長かったことやかかわった人物や団体が多く居たことで話もかなり複雑になっています。
このまま誰に知られずに闇に葬っても良いのですが、記録として残すことにしました。今後聞かれたときの説明の際にこれだけ投げれば解決するならそれに越したこともないので。
時系列に沿って書いていきます。最後まで読んでいただけると幸いです。

一旦世間で何があったかの話

もともと300人規模のオフライン大会は開催されていた

これはその通りで過去のシングル厨のつどいでは300名規模のオフライン大会が開催されていました。

伝説の回、優勝したのはA0氏。これが6世代ORASの話です。
ただし、これ以降ポケモンコミュニティ大会の規模が大きくなることはありませんでした。むしろ衰退の一途をたどります。原因は色々推測できますがあらゆる方向から石が飛んでくる以前に本題ではないので割愛します。
で、世界を揺るがす大事件が起きました。

これが最後の一撃となり、それまでにあったポケモンシングルのオフラインコミュニティ大会は完全に無くなり、文化が断絶されてしまったという話です。
ここで困ったことなのですが、このままではコミュニティから大会文化自体が消えてしまいます。自分自身大会に参加することが好きです。
そこで同時期に開催され運営として携わっていた葉桜杯を通じてオフライン大会を再興できればと考え、自身で動くに至りました。

まずはコミュニティの課題を整理

運営ができる人間がほとんどいない

コロナ禍直後はそもそも頼れる運営が関東だとばっど氏しかいませんでした。まずは運営を増やすところから始めなければならなかったのです。
自分と一緒に動けるスタッフが居なければ準備はなんとかなっても当日で詰みます。まずはそこの課題を考えました。

そもそも参加者もほとんどいない

次点で参加者もいません。昔オフに参加してた人はアマンガスをしている様子が伺え、現役のプレイヤーは当然オフが無いのでオフへの参加は杜のヨウカン以外していませんでした、というかそれしかありませんでした。
まずは参加者を増やす、以前に参加者を生み出さなければなりませんでした。

コロナ禍での開催方式が不明

当時は感染症の影響もあり個人情報を公共機関に提出したり、アルコール消毒とか他諸々など新しいことも導入しなければなりませんでした。
にも拘わらず、界隈内で頼れるのはセサル氏しかいなかった、とはいえ、地方によっても違う部分まで加味すると自分で調べる必要がありました。

課題解決手段の仮説

運営を増やすためには参加者を増やす

とにかく、運営を増やすなら参加者から増やすべきだとは考えたので、運営を探すためにオフを開きました。本当に最初の最初の運営はくあぐ氏に準備段階は少し手伝ってもらい、ほぼ運営のばっどさんと二人で頑張るかみたいな形になりました。ばっどさん自身がほぼ二人で回したことあるやで~って言ってたのでここは比較的安心してオフを強行しました。

参加者集めは葉桜杯を中心に行う

参加者集めは幸い週大会であった葉桜杯がかなりアクティブであったため、葉桜杯-秋之陣-を開催し、「葉桜杯」を中心にして集めることにしました。
と、言う訳で実働部隊のばっどさんを軸に、葉桜杯で解説を務めていためろさん、スポンジさん、もけもけさんの3人にモデレーターをお願いしました。
あとは当時あったFrontierも将来的にはオフしたいかも~みたいなことを聞いてたので実際に手伝ってもらいました。

モデレーターですがほぼ招待選手です。この時から一貫して、単に有名な人を呼ぶのではなく、コミュニティを内側から盛り上げられる人にお願いするようにしています。運営の自己満足で有名プレイヤーを呼んでも継続的な参加者は生まれにくいからと考えています。そもそもそんなに有名な人に本業でもないのに毎回来てもらうのも何かアレ。

公共施設でないゲーミングスタジオを利用する

今でもスマブラでよく使われている会場ですが、こちらをげんげんさんの紹介で使わせて頂きました。
コロナ禍当時は公共施設を使うとなると個人情報の提出が義務付けられており、参加のハードルが高くなってしまうことから私個人で踏み切れませんでした。
しかし、ゲーミングスタジオであれば公共施設ではないためそういった物は無く、個人情報の提出は無しで開催ができるため利用しました。

ちなみに葉桜杯-秋之陣-直後にぼんこふ(とLiveraさん)が板橋グリーンカレッジホールでリボンオフを開催しました。こちらは個人情報提出の義務があったものの、ぼんさんが色々考えたなんやかんやで無事参加者は集まり、「個人情報提出のオフでも人がたくさん集まる前例」を作りました。
コロナ禍でも色々考えて動いた人間と一緒に動きたいな~とは考えながら葉桜オフをやっていたので、今でも一緒に色々やっています。どの時代でも行動で示す人間が神。

葉桜オフを開催する

構造は極限までシンプルにする

企画段階で杜のヨウカン(と、リボンオフ)と並んで間違いなく今後のオフの指標になることは予想していました。
であれば葉桜杯を参考にしたり雛形にしたりして今後のオフが作られることも予想できたのですが、その際に真似しやすいようにするためにやること自体は極限までシンプルにしました。
葉桜オフは予選→本戦しかイベントとして設けておらず、サブイベントも本戦の観戦のみと、あえて参加者が暇になるように作っておきました。
今後オフを作る参加者が自分のオリジナリティを出せるようにしましたが、今ではどのオフもサブイベントを考えたり、ちょっとした特徴を付け加えたりしており、ここに関してはこれで良かったなと常々思います。
悪く言えば手抜きですが、参加者を自由にさせることで生まれる物も結構あると実際に学びました。

参加者がツールを扱えるようになることで主催のハードルを下げる

特に葉桜杯で力を入れたのはツールの導入、特にDiscordとTonamelです。
これまでの対戦オフでは
参加者側が連絡をキャッチしにくい≒運営からの連絡が伝わりにくい
という問題があったのでそれらを管理するDiscordサーバーを作りました。
Tonamelは大会を開くなら最低限欲しい機能が全て備わっており、大会主催者がこれを導入できるなら開催も楽になるだろうと考えて、葉桜杯を通じて多くのプレイヤーに何度も使わせました。
これにより参加者がTonamelを使う事に抵抗がなくなり、主催が無理なく導入できるようになりました。

ある程度オフ大会が増えるところがゴールなのは決定事項だった

等々、葉桜オフを企画した時点でこういった目的を持っていたため、コミュニティでオフ大会がある程度増えたら葉桜オフ自体は停止して他の事をやるというのは元々計画していました。
それこそ今では毎週のようにオフもあるので、わざわざ葉桜オフをやらなくても各オフが良い感じに開催しており、元々葉桜オフで作ろうとしていた部分ができているならお役御免感もあるのでゴールかなと感じています。

自分から見たコミュニティへの雑感

参加者に対して手厚いオフ大会が多い

自分の頃はHazeなどがそうでしたが、ホスピタリティに富んでいる大会が多すぎてビビってます。参加者ほったらかし一歩手前みたいなオフをしていた身からすると驚きです。
最初から最後まで参加者をもてなそうとするオフが多く、ありがたさよりも運営の苦労が伺えてしまいます….が、参加者みんな楽しそうなのは良い事です。

開催数に関してはしばらくこのくらいな気はする

開催数に関してはかなり飽和してきた様子も伺えますし、今後増えるなら本当に日付が被るとか、それこそ違う地方であれば既に被っているケースも見られるようになりました。
流れとしてはどのオフでも参加者のキャンセル待ちが発生して、それに応じて増えていく、みたいなものが起きると予想しています。

"葉桜オフの雰囲気が好き"みたいなコメントは正直驚いてます

偶にTwitterでみかけたりしますが、「葉桜オフの雰囲気が好きだった」というコメントを見かけて驚いてます。本当に嬉しいのですが本当に自分が意識していない箇所だったので驚きが大きいといったところです。
正直なところ殺伐としてるというか、対戦だけすればそれでいいかみたいなので満足できる人しか好まない設計にしていて、それ以上の交流は自分たちでどうぞ~みたいなスタンスだったのですが、冷静に考えてみて他者からの干渉は少ない形態ではあるからそれは人気なのかも。とか考えてたらやりたくなりました(人間性)

今後の目標

実は目標が一段落している状態

実は葉桜杯が少し経ったくらいから雷撃みたいなオフは構想として考えていました。ただ、そこから先みたいなのは考えていないというか、前提として「プレイヤーが何を望むか」にかなり依るのかなぁという気はします。
雷撃や他のイベントを通して、プレイヤーに色々聞いて、結果としてこれがいのかな~の流れを踏む予定です。
基本的にはプレイヤーが求めている物を作りたいと考えています。

と、いったところです。POKE LEAGUEまで絡むとまた話が大きくなるのですが、それはまたの機会に

他のそれっぽい記事

PBSを作った話

葉桜杯が役割を終えつつあった時の話


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