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「地球に住めなくなる日」読書メモ

もはや100年に一度の災害が毎年くるのでは?と思っている人が多いと思います。今日も猛暑です、、、ゲリラ豪雨や連続猛暑、台風の被害の大きさなど、20年前より明らかに違うよなあ、、、と実感しています。

明らかに温暖化の進行していると思われる中で読んだ本です。

【気候変動による影響】
①頻発する殺人熱波
②飢餓が世界を襲う
③水没する世界
④史上最悪の山火事
⑤自然災害が日常に
⑥水不足の驚異
⑦死にゆく海
⑧大気汚染による生命の危機
⑨グローバル化する感染症
⑩大規模な気候難民

熱波は実感しますし、飢餓は今年はアフリカでのバッタ災害なども気になります。ツバルという国が水没するニュースを過去に見て、カルフォルニアやシドニーでの山火事は信じられない規模でした。すでに自然災害は日常になっているように思います。

日本は水が豊富な国なので実感できないですが、水が足りていない国も今なお多いです。PM2.5などは温暖化、今年はコロナウィルスなど、、、

シリア内戦などもきっかけの1つは気候変動という指摘や、多くの難民も気候変動が原因にもなっている、、、いろいろなデータを元に今起きていることがどれだけ大ごとなのかが記載されています。

食品生産はすでに二酸化炭素排出量のおよそ3分の1を占めている。グリーンピースは、危険な気候変動を避けるには、2050年までに世界全体で肉と乳製品の消費を半分に落とす必要があると訴える。
自分たちの暮らしも危ういというのにそれでも動物の運命に注目してしまうのは、19世紀イギリスの評論家ジョン・ラスキンの言う、「感傷的誤信」にちがいない。生き物に感情移入して、束の間その痛みを感じていれば、自らの責任を問いかけなくてすむ。人間が引き起こし、なおもあおり続けている嵐を目の前にしたら訳知り顔で無力なふりをするのがいちばん楽なのだ。

感傷的誤信という言葉を初めてききました。自らの責任を問いかけないために、、思い当たりますね。

プラスチック汚染問題はそんな気候寓話のひとつであり、一種の目眩しでもある。その背景には、地球への悪影響をできるだけ減らしたいと言う崇高な意思と、廃棄物が空気や食べ物、体内を通じて環境を汚染しているという恐怖がある。その意味では、清潔さと軽さにやたらとこだわる現代の消費者ならではの強迫観念ともいえそうだ。たしかにプラスチックは二酸化炭素排出に関わっているが、プラスチック汚染自体は地球温暖化の問題ではない

気候問題が大きすぎて、どうしていいか分からないので、なんとかなりそうなプラスチックから、と。そこからもっと大きなムーブメントになっていく必要がありますね。

気候崩壊はとてつもなく規模が大きく、その脅威はあまりにも強烈なので、私たちは思わず目を背ける。

そういうことだ、、、

これからの世界は、極端な気象や自然災害が頻発し、ハリケーンや洪水や熱波が発生する間隔が短くなって、農作物の生産高も労働者の生産性もガタ落ちになるだろう。
脱炭素経済、100%再生可能なエネルギーシステム、農業の抜本的改革、さらには肉なし社会の実現、、、とてつもない費用がかかる。
活力にあふれ、持続可能な形で反映する未来をともに思い描き、それを漠然と期待するのではなく、積極的に実現しようとする文化的な潮流を作ること。ー未来派の活動家、アレックス・ステッフェン
オーガニック食品を食べるのはたしかに良いことだ、しかし気候変動を食い止めることが目標であれば、投票行動のほうが遥かに重要だ。個人の倫理観を何倍にもするのが政治なのだ。

日本は右派も左派も気候問題には積極的ではない気がします。緑の党のような存在が大きく出てくるといいですね。

気候変動の影響をあまり受けていない裕福な人々の間では、健康がひとつの明確な信念として定着しつつある。彼らは、今の世界はすっかり毒されているから、自己を律し、純化しなければならないと信じているのだ。
いま富裕層の間では、指導者のいない道徳的慈善活動モデルに代わって、慈善活動と利益追求を並行させる「慈善資本主義」が主流になっている。勝ち抜き経済で優勝して利益を独り占めした者が、慈善活動で自らの地位を補強するのだ。

ビルゲイツとかですね、今後も財を成した人が、そういった慈善活動などに稼いだ資金を投入する潮流は続く気がしますし、望ましいですね。

階層の下のほうでは、容赦ない競争がつくりあげた疲弊する社会システムのなかで、日々の生活に苦闘する市民まで起業家になって、市民としての価値を示すことが求められている

ある意味「一億総活躍社会」などはそうですね、全員で何かしらの活躍をしなきゃいけない、社会。これには資本性社会ゆえに起きているのでしょうか。

相次ぐ金融危機で、ひたすら豊かになり、拡大していく社会という錦の御旗はもうぼろぼろだ。そこに地球温暖化という、おそらく致命的な一撃が襲ってくる。
世界はこれから地球主権の時代に向かおうとするが、そもそも気候変動という運命を私たちに押し付けたのも、ネオリベラリズムという地球主権ではなかったか。

その資本主義で温暖化に拍車がかかり、逆にその温暖化によって資本主義社会が壊れる、もしくは形を大きく変えざるを得ないのかもしれないですね。

この現状の資本主義の限界や、地球温暖化の危機が叫ばれる中での、次の大きな物語はどういったものになるのか?そして、課題先進国・世界に先んじて人口減少社会に突入した日本で、新しい大きな物語が作れないのか?私たちが自分なりに考えて行動するチャンスですね。
もう今までの物語の延長では成り立たないのは明白だと感じます。

社会は昔もいまも集団的フィクションで束ねられている。
宗教や迷信が支配してきた場所に、進歩や合理性といった価値観が入り込んできただけだ。

そして、進歩、合理性、科学的なものの価値観に先には何があるのか?螺旋状に進むと考えると、宗教や迷信のアップグレードされたものが大きな物語になるのかもしれないですし、いわゆるラブロックの「ガイア思想」などはその1つですね。
地球を1つの生命体とみなし、そしてそこに恒常性が働くと考えると、今回のウィルスによって、地球経済が止まり、地球への負荷が減ったのは、ガイアからのメッセージなのでは、とも考えられます。

危機の時代における離脱思想
キングノースは暫定の答えを5つあげている。
2−4は、「非人類の生命を保護する」「手を汚す」「自然には実利を超えた価値があると主張する」で、新しい超絶主義のテーマを変えたものだ。1「離脱する」と5「避難所を作る」は急進的でしかも対になっている。

現状の資本主義の経済成長至上主義、地球環境に負荷を与え続ける新自由主義(ネオリベラリズム)から離脱をしたり、避難所を作ったりというアプローチの仕方は考えるのもアリですね。

完全な離脱をできるほどの骨太ではないので、この「避難所を作る」というのはすごくいいと思っています。今の時代にあった自給自足のミニマルな暮らしなどの提案ができると面白い気がします。し、やりたい。

ビットコインの取引が、大西洋を飛行機で100万回横断するのと同じだけの二酸化炭素を排出していることを忘れてはならない。
中国がこの三年間に流し込んだコンクリートは、アメリカが20世期の百年間に使用した量を上回っている。セメント業界をひとつの国と考えたら、二酸化炭素排出量で世界第3位に躍進する。

どっちも知らなかった、、、まじか。。。

気候問題は、あまりにも大きすぎて、一国家一個人でどうにかなるものではないですが、だからといって無視した先には絶望の未来が待っているので、できることからやっていくしかないですね、、、具体的にイメージできるのは、

①投票する(そういった志のある政治家を勝たせる)
②日々の行動(脱プラ、再生エネルギー、肉を減らす、ミニマルな暮らし、etc)
③祈る(集団的無意識で、そういった祈りが無意識下に伝播するかも)

でしょうか、、、

あらゆる人々は、自分の美的感性と創造性をもって世界の形成に寄与するアーティストであるべきだ。ーヨーゼフ・ボイス

アーティストでいきましょう。

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