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#09 受精、卵割、胞胚期から原腸形成期まで

1. 導入:

水生動物学研究室主宰の太田欽也です。今回も皆さんに金魚の発生学実験について解説してゆきます。このNoteは金魚の発生生物学実験の動画のテキスト版です。動画よりも文字での理解が早いという方や、動画を見る前に内容を確認したい方はご一読ください。しかし、動画の方が圧倒的に情報量が多いので動画を見られることを強くお勧めします。下のリンクからYoutubeのサイトに飛んでいけます。もちろん、動画をご覧になられた後、テキストで確認されたいという方も大歓迎です。
 また、この動画以外にも、これまで、このシリーズでは、金魚の発生・成長について簡単に解説してきました。もし、ご覧になられてない方は下記のYoutubeサイトの概要欄にリンクを貼ってありますのでご参考ください。
 さて、今回から、さらに詳しく金魚の発生について解説してゆきます。ただ、詳しく解説すると言っても、金魚の発生過程は長いので、一回の動画では説明しきれません。なので、この我々の研究室から発表されたこの金魚の発生段階表に基づいて発生過程をいくつかに区切って解説してゆきます。

 発生段階表、あるいは発生ステージ表ともいいます。この表は発生学を進めるうえで非常に大事なコミュニケーションのツールです。この発生段階表は研究者同士の間で実験や観察の内容を確認する際に、基準としてよく用いられます。たとえば、私が金魚の胚を研究に使ったとしましょう。そして、他の人に自分の使った胚の姿形を説明したかったとします。そんな時、基準となる、発生段階表があればとても便利です。逆に無いと、説明が煩雑になって大変です。
 今回の解説では、この便利な発生段階表の前半の期間について解説してゆきます。受精してから原腸形成までの期間についてです。今回も金魚の胚の高解像度の写真やタイムラプス動画などを用いて説明しますので、実際の金魚の胚と発生段階表の関係について皆さんもイメージを養ってください。

2. 発生段階表の説明

以前何度もこのシリーズで登場した金魚の受精卵、胚体、仔魚や稚魚の写真です。これらはそれぞれ別の発生段階の個体です。そして、それぞれ別の発生段階には個別の名前や番号が振られています。これらの名前や番号は、発生・成長過程で現れてくる見た目の特徴を捉えてつけられたものです。しかし、これらの番号や名前は発生段階表を作成した研究者により与えられたものだということは知っておく必要があります。
 なので、生き物の種類によって各発生段階の呼び方が変わってくる場合があります。例えばニワトリやマウスやの発生段階には番号が与えられています。一方、ゼブラフィッシュには特徴を表す名前が与えられています。そして、金魚の発生段階表はゼブラフィッシュの発生段階表を参考にして作られています。なので、この動画ではこのようなローマ字や数字で表されるこのような用語や略語、そして、その日本語訳を使って金魚の発生段階について解説を進めていきます。

3. ZygoteとCleavage period 魚類の卵割の特徴

受精したばかりの受精卵です。まだ卵割が始まっていないこの段階はシンプルに受精卵、Zygoteと呼ばれています。一細胞期の胚と呼ぶこともできます。見た目が非常にシンプルです。さて、卵割が始まりました。
魚類の受精卵の卵割は盤割といって卵の細胞質側だけが分かれる卵割で進んでいきます。これがカエルなどの両生類やマウスなど哺乳類だと、また違った様式で卵割が進んでいきます。
 この、卵割は24度の水温で、受精後およそ24分たったあたりで、25分から30分ごとに一回起きます。しかし、この卵割の速度は水温などの環境によって変わってきます。この環境と発生の関係については以前の動画でも解説しているので参考にしてください。
 さて、もう、この時点で受精卵はただの丸ではなく、卵割が始まる細胞質側と卵黄側とに分かれることがお分かりいただけるかと思います。
 そして、もうすでに、それぞれの方向に昔の人が名前を付けていてくれているのでそれに従いましょう。コチラの卵割の始まる側を動物極(Animal pole)、そして、卵黄側を植物極(Vegital pole)といいます。地球の北極と南極みたいな呼び名ですね。
 この動画からはこうした胚の各部分を指す名前がドンドン出てきますので皆さん、覚えていきましょう。そうすると、頭の中にある胚体のイメージが言葉とリンクし始めてより解像度の高いコミュニケーションが可能になります。
 毎回の卵割の進み方はこのように、2つ4つと割れてきます。そして、その配置はおおよそ、決まっており、よほど極端な環境条件下に置かない限りは見ていた通りの様式で進んでゆきます。この段階だと割球を数えることができます。なので、それぞれのステージには割球の数を充てることで、ステージを顕すことができます。このように、各ステージの特徴を表す指標をステージングインデックスと呼びます。

4. 胞胚期(Blastula period )前半

しかし、この辺りから難しくなってきます。64細胞あたりまでは頑張ればまだ割球の数を数えられます。でも、もう128細胞当たりになると難しいですね。私も、自分で発生段階表を作る際に、すべての胚の細胞を真面目に数えて発生段階表を作ってはいません。実際、すべての細胞を数えることは非常に難しいと言えます。なので、他の動物でこれぐらいまで倍倍に増えていくだろう、そして、64細胞からもう一段階細胞の数が増えれば128になるだろうという予測の元に発生段階表を作りました。そして、胚の発生段階を知りたいときにはこの細胞が何段に重なっているかを数えるようにします。128細胞であればおよそ5段、256細胞器であれば7-8段、そして512細胞であれば9-10段あるだろうといった具合です。そしてこれ以上増えてしまうと、もはやそういう数の予測も立たなくなるので、ちょっと諦めてしまって1Kと呼ぶことにします。だいたい1000個の細胞があるだろうという意味です。もう、こうなると今まで使っていたステージングインデックスは指標として使えなくなります。
 でも、皆さまの中にこう思う人がいるかもしれません。「倍倍に増えていくのであれば512の次は確実に1024で、その次は2048細胞になるだろう」と。しかし、そこは、そう簡単ではないのです。最初のClevageステージのあたりはかなり正確にそして早く倍倍に分裂が進みます。そして、このBlastula Period(胞胚期)の前半もまだ、同期して細胞が分裂します。
 しかし、そこから後半になってくると、それぞれの細胞の分裂の速度も変わってきますので、単純に倍数にはならないのです。この理由は母親から受け継いだ卵割に必要な材料をこのあたりの段階になると使い果たしてしまうからです。もっと細かく言うと、発生初期は母親からもらったmRNAを使って卵割を進めますが、後半になると卵が自力でmRNAを作り出しながら発生を進めていくのです。そうなると、いろいろ手間がかかってしまい、細胞の増えていく速度が遅くなりまばらになってきます。このように細胞の分裂が同期しなくなる辺りを指して、Midblastula transitionと呼びます。

5. Blastula period 後半

さて、この辺りからさらにややこしくなってきます。細胞の数はもはや多すぎて数えることができません。そして、細胞が何段に重なっているかもよくわかりません。でも、この時期あたりになると卵黄と胚盤の間に新しい構造が見えてきます。それはYolk syncytial layerという構造でこの境目は組織学的にみても明らかにほかの細胞と異なります。単純に卵割を繰り返していた時にくらべて少し複雑になってきているのがわかるかと思います。
 そして、この時期あたりになると、卵黄、胚盤のそれぞれの形状や、Yolk syncytial layerがある胚盤と卵黄の境目の形状が変わってまいります。なので、この形状に注目すると、これらの似たような形をした胚をさらに細かく分けることができます。胚盤が全体に高い時期をHigh、卵黄と胚盤の境目がスムーズな時期をOblong、全体的に丸いステージをSphere、そして、胚盤の中央部がくぼみ始めた時期をDomeと呼びます。ちなみに、このYolk Syncytial Layerが何をやっているのかを説明しようとすると、それはそれで一つの動画になってしまいます。なので、機会があれば別の動画で解説するかもしれません。今回は細かくは触れません。
 さらに発生が進むと、卵黄と胚盤の相対的な位置関係をパーセントで表して指標とすることができます。たとえば、この胚ならば、横から胚を見ておよそ30%の卵の部分が胚盤に覆われているので30%Epibolyと呼ばれます。Epibolyを調べてみると覆いかぶせという風に訳されていたので、日本語だと「30%覆いかぶされているステージ」ぐらいに意味になります。この覆いかぶさり具合をステージングインデックスとして使うわけです。

6. ステージの名前

ちなみに、今回のそれぞれの胚体の発生段階の名前ですが、聞きなれない名前がいくつも出てきました。そして、まだまだ出てきます。その理由は、先にも述べました通り、この発生ステージ表を作成する前に参考にした文献が英語で書かれたZebrafishの文献だったからです。
 このゼブラフィッシュは金魚と近いコイ科の魚で透明な卵を産み、胚発生も非常に良く研究されています。そして、かなり早い段階で精緻な発生ステージ表が作られていました。なので、私たちもこのZebrafishの発生ステージ表のなかで使われているステージングインデックスやその他の用語を借用して発生ステージ表を作りました。
 こうすると、ゼブラフィッシュとの比較も可能となります。そして、様々な実験手法の応用も易しくなると考えたからです。実際にゼブラフィッシュの発生ステージ表と金魚の発生ステージ表を見比べてみたいという人がおられたら、概要欄にリンクを張っておきますので参考にしてみてください。これらの論文はFree Accessのはずなので、無料でご覧いただけます。
 さて、このゼブラフィッシュのステージ表でですが、この中では、胚発生の段階をZygote, Clevage, Blastula, Gastrula Segmentation, Pharyngula、Hathingと7つのピリオドに分けています。
 つまり、大まかな7つの期間に分類しています。ちょっと、英語だと覚えにくいという人は、それぞれ受精期、分裂期、胞胚期、原腸胚期、体節形成期、,咽頭胚期、孵化期と訳すことができると知っておくと少し記憶の助けになるかもしれません。これらのピリオドはさらに細かいステージ、つまり発生段階に分けられています。
 そして、発生段階に関する用語についてですが、必ずわかりやすい日本語訳が見つかるとは限りません。なので、その時々で呼びやすい呼び方を使うことにします。すべての発生段階をここで完全に覚える必要はありませんが、今回の動画でそれぞれのピリオドがどのような特徴を持って、時間と共にどういう風に移り変わっていくのかを知っていただけると金魚の発生過程の理解が捗ります。

7. Early gastrula period (原腸胚期の前半)

さて、ここからはGastrula period(原腸胚期)と呼ばれる時期に入ってまいります。この時期になると、胚盤と卵黄の境目の関係が今までと著しく変わってきます。いままでは、胚盤が卵黄にくっついているだけのような感じでしたが、この辺りから胚盤が卵黄を取り囲むようになってきます。なので、さきほどの30%Epibolyの時と同様に、この全体の卵に対して胚盤が取り囲んでいる部分の比率をステージングインデックスとして用いることで45%Epibolyや50Epibolyといった名前を付けることができます。形と名前が一致していると覚えやすくて便利です。
 そして、この卵黄を取り囲んでいる胚盤の外縁部あたりが少し厚くなっているのがわかります。このような、リング状の構造が現れたあたりの胚をRingステージと呼ぶことにしています。そして、このRingステージを過ぎたあたりから、この辺りが少しプクッと膨らみます。このような構造が現れたあたりをShieldステージと呼びます。このシールドステージのこの部分は、後々に頭の一部になる部分です。この位置が後から移動していきます。もう、この時期になると、均一に分裂する細胞の集まりとしての受精卵とは程遠い姿をしています。
 そして、なにより、気が付いてほしいのは、この時点で、動物極と植物極以外に後々の発生段階の個体の方向性と一致する極性が現れているということです。ちょっと、難しい表現をしてしまいましたが、つまりは、このShieldステージのこの部分が、反対側とは違う状態にあるということです。そして、コチラが背中、コチラが腹側になることがすでに決まっています。なので、この時点で目でみてわかるさがあるわけですから、この胚体の中ではもっと早い段階に背側と腹側が決まってるということになります。

8.まとめ

はい。ここまでお付き合いいただいた皆様、お疲れ様でした。そして、見ていただいてありがとうございます。ちょっと、今回の動画はいろんな用語が出てきましたので、おさらいをしてまとめておきましょう。金魚の胚発生段階は7つに分けられており、今回はその中で4つを紹介しました。つまり、1.Zygote period, 2.Cleavage period、3.Blastula period, そして4.Gastrula periodの4つです。
 Zygote段階は受精したばかりの時で、Cleavageは分裂し始めてから64細胞期までをさし、それからはBlastulaと呼びこの時期に細胞の分裂の同期具合がよわまり、そしてGastrulaになると胚盤が卵黄を包み込み始めます。重要な点は時間経過とともにそれぞれに名前が付けられるような差がこういう早い時期にも表れる事実を理解しておくことです。そうすると、受精卵のどの部位でどのような変化が起きているのかが把握できますし、個々の細かなステージを見分けるのに非常に役立ちます。そして、何よりも、このようにパッと見てまん丸い金魚の卵の中でめまぐるしく細胞が活動している事実を知ることで、豊かな生命のイメージが養われるかと思います。
 さて、次回予告です。今回はGastura Periodの前半まで説明しましたので、次はGastrula Periodの後半から説明し、さらに進んで初期のSegmentationステージ、つまり体節を形成する時期の金魚の胚発生までを見てゆきます。今回、Shieldステージに見えていた頭の一部がこれからどのように変わっていくのでしょうか?気になった方はチャンネル登録してお待ちください。それではまた。

9. 文献

Kimmel, C B, C B Kimmel, W W Ballard, W W Ballard, S R Kimmel, S R Kimmel, B Ullmann, B Ullmann, T F Schilling, and T F Schilling. “Stages of Embryonic Development of the Zebrafish.” Developmental Dynamics : An Official Publication of the American Association of Anatomists 203, no. 3 (1995): 253–310. https://doi.org/10.1002/aja.1002030302.

Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013), Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283. https://doi.org/10.1002/dvdy.24022

Li, I.-J., Lee, S.-H., Abe, G. and Ota, K.G. (2019), Embryonic and postembryonic development of the ornamental twin-tail goldfish. Dev Dyn, 248: 251-283. https://doi.org/10.1002/dvdy.15




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