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言えないコトバ

ふと、甘いものが食べたくなった。
普段、あんまり甘いものって食べないけど。
コーヒーと一緒に甘いもの。。。
なんだろ、クッキー?いや、そんなものは家にない。えーと、なんだろ。ゼリーとか?いやいや、それもないって。
冷蔵庫になんかあったか?

冷蔵庫をがさがさとあさってみると、ヨーグルトが出てきた。
「。。。これも違うな」
健康にはいいけど、食べたいのはこれじゃない。
なんだろ。ふわふわして、甘くて、、、
カップケーキ。
買いに行かないとダメだな。
えー、家でなんか作る?
俺に作れる甘いものなんかあるか?
やっぱり外に出たほうが早いか。

「あ、喫茶店」

そうだそうだ、家の側に出来たあそこ。
洒落たコーヒーショップ。
あそこなら、きっとなにかあるだろう。
そそくさと身支度をして、財布とスマホだけ持って出かけた。

歩いて10分の喫茶店。
真っ黒い建物で、入り口に面した壁に大きな窓。
でも光の加減で中の様子はよく見えない。
コーヒーのいい匂いがそこはかとなく漂っている。
カランカラン、と扉を開いた。

「いらっしゃいませ」
柔らかな声がかかって、店員さんが側までやってくる。どうぞ、こちらの窓際のお席へ。
店の奥の窓際へ案内されて、その見晴らしの良さに、ほう、と息をついた。
窓から大きな樹が見える。
太い幹の名前を知らない樹。
椅子に腰掛けると妙に落ち着いて深く息を吸った。
なんだろ、ここ。
初めてなのに、落ち着く。お洒落なのに、椅子から立ち上がれない気がした。

「ご注文はいかがなさいますか?」
「あ、、、コーヒーと」
メニューも見ていなかった。
メニュー表を開いて、真っ先に目についたそれ。

「ホットケーキを」
「はい。かしこまりました」
ホットケーキ。最後に食べたのはいつだろう。
学生の頃だな。あれは、確か。彼女が作ってくれた。あの子が作ってくれたのは薄くて、もさもさしてたっけ。。。

しばらくして、コーヒーとホットケーキが運ばれてくる。
「お待たせしました」
コーヒーの芳醇な香り。
甘いホットケーキの匂い。
バターがホットケーキの熱で溶けて美味しそう。
メープルシロップをかけたら、それはもう。

「、、、、美味しい」

甘いの。食べたかったのは、こんな感じだった。
ふわふわだ。それでいて、しっかりしている。
バターが溶けたところが美味しい。
メープルシロップが染みて、口の中でじゅわ、と溢れる。
どこまで食べても美味しい。。。

堪能していると、カランカランと扉が開く音がした。俺は目の前のホットケーキに夢中だ。
「サク!」
驚いたような声がして、俺のほうが驚いた。
思わず顔をあげると、見慣れた恋人。

「こんなところにいたなんて」
目の前の椅子に不機嫌そうにどかっと座った。
「おねえさん、コーヒーのブレンドを」
「かしこまりました」

不機嫌そうに頬杖をついて俺を見る。
「で?なんでこんなとこにいるの」
短い髪が陽にさらされてキラキラと光る。
長いまつげが何度か瞬きした。
「待ってて、って言ったでしょ。俺が戻ってくるまでの間」
唇を尖らせて言葉を紡ぐ。
「怒ったの?もう別れたくなった?」
俺を見つめ返す真っ直ぐな瞳。
ああ、きれいだな。
怒ってる顔すら好きなんだ、俺。
「でも別れたいとか言われても、別れてやれないよ、俺は。俺はサクが好きだって言ってるでしょ。こんなに好きなの初めてなんだ。サクが別れたいとか思っても俺は」
切なそうに顔を歪めて髪をかき混ぜた。
視線がテーブルに落ちる。
「いまさら、離れらんねーよ。。。」
肩。緊張したように震えている。

俺はね、ユキ。
「、、、、、、別れたいなんて、思ってないよ」
俺は、ポツリと呟いた。
ユキの方がピク、と反応した。
「ユキのこと、嫌いになんかならない。別れたいとも思ってない。ただ、、、、少し怖くなっただけ」
「、、、、、、、なにを、、、?」

視線を上げて、泣きそうな目をして俺を見た。
「ユキが県外に出向になるって言われて、寂しくて頭が真っ白になっただけ。少し、外の空気が吸いたくなっただけだよ」
「だったら、一言いってからにして。出向の話した後すぐにいなくなるから心配した」
「、、、、、ごめん」
「サクが泣くから。。。丁度ティッシュがなくなるから、、、コンビニに行っただけだったのに。その隙にいなくなるなんて、酷いじゃん」
「うん、ごめん」
「サクに捨てられたかと思った、、、」
「俺が捨てるとか、あり得ないんだけど」
言うと、ユキがじろりと睨んだ。
「その言葉、忘れてやんねーから」
ずず、と鼻をすすって、ほんのり赤い目をふい、とそらした。
「ごめん。ちょっと驚いただけなんだ。離れたからって、もう会えなくなるわけじゃないのに」
動揺して。だから、甘いものが食べたくなった。
俺の癖なんだ。

「、、、、、結婚しよ、サク」
「え」
視線を逸らしたまま、ユキがポツリと言った。

「一生、俺と一緒にいて。」

「ユキ、、、、、」

胸がドキン、と高鳴った。
息ができなくなる。
「もう離れて居たくないよ。一緒にいたい。俺と結婚してください」
「ユキ」
そ、、と手を伸ばして、髪に触れる。
「、、、、イヤ?」

ユキがすがるような目で俺を見た。
「イヤじゃないけど、もう少し良く考えようね」
俺だって一緒に居たいよ。
でも、男同士の俺たちは、少し良く考えた方がいい。離れるつもりもないけれどさ。
「じゃあ、一緒に考えて」
「もちろん」
俺は笑って、ホットケーキを差し出した。

「ほら、あーん」
「あむ」
甘党なのはユキの方だ。

出向の話を切り出されて、急に不安になった俺がたくさん泣いてしまって、ティッシュを使い果たした。ユキはタオルで拭ってくれていたんだけど、俺がティッシュを買ってきて、ってお願いしたんだ。それなのに、その間に出てきてしまった。あ、鍵も開けたままだったっけ。

ユキは慌てて探してくれたんだろうな。気づいたらサンダルのままだ。
「心配させてごめん」
「全くだ」
ユキが膨れて俺の手からフォークを奪った。
「俺がどんだけ心配したと思ってんの。近くで見つけたから良かったものの。、、、って、このホットケーキ旨いな」
少し機嫌が戻ってきて、ホットケーキに夢中になる。
もしかして、タイミングを伺っていたのだろうか?コーヒーがやっと運ばれてきた。
「ありがとう。このホットケーキ旨いすね」
人懐こく、ユキが店員さんに声をかける。
「ありがとうございます。当店の自慢なんです」
「やっぱり。めちゃくちゃ旨いです」
コーヒーをずず、と飲んで「こっちも旨!」と喜んだ。

「サク、ここまた来よう。気に入っちゃった。他のも食べたい」
「うん」
俺たちは多様性のひとつ。
なにものにも囚われない形のもの。
だからこそ、不安要素の強い形のもの。

それでも、好きだよ。
一緒にいたいんだ。

ユキが、何かの啓示のように笑った。
「今日のホットケーキ、俺、絶対忘れない」

ああ、俺も絶対忘れない。

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