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質問者、人間A。回答者、サキュバスN。

・浴衣や、その他特別な……。

「A君ってお祭り好き?」
「なんですか急に」
「いや、昨日うちの近所でやってたみたいでさ。浴衣の男女が夜道を行き交ってたんだよね。で、そのうちの何組がこのあとセックスするんだろう……って眺めてたのを今なんとなく思い出したから、言ってみただけ」
「なるほど。……まぁお祭りは結構好きですよ。人混みと、屋台が軒並み割高なことを除けば、雰囲気と味は好きです」
「それ好きと嫌い半々くらいじゃない……? まぁでも人混みに関しては確かに、度が過ぎるのはちょっとなぁと私も思う」
「でしょう?」
「けどさ、男の子目線からすると、浴衣女子は多ければ多い方がよかったりしない? たとえそれが他人の彼女であっても目の保養になるでしょ」
「……いや、正直僕は、浴衣を着た女子のことがあまり好きじゃないですね」
「えっ、珍しい。そんなことあるんだ。なんで嫌いなの?」
「浴衣自体が嫌いってわけじゃないですよ? デザイン的にはそりゃ好みです。でもなんていうか、そこに付随する精神性が苦手というか……」
「ふむ……?」
「浴衣を着た女子って、それを褒められたいって思ってるじゃないですか、絶対。可愛いとか綺麗とか似合ってるとかって。それが苦手なんですよ」
「えぇ。そりゃまぁ思ってるだろうけど、なんでそれが苦手なのよ」
「だって相手の期待している通りの褒め方が出来なかったらどうなります……? お祭りどころじゃなくなりませんか……? そう考えたら恐ろしくて……」
「いや、褒められないってことはないでしょ。可愛い綺麗似合ってるでいいじゃん、君が言った通り」
「それをノルマ感が出ないように言うのが難しいんですよ! ノルマ消化するみたいに適当な言葉を吐きやがってと思われたらおしまいじゃないですか!」
「いやさすがにそこまでは誰も気にしてないと思うけど……。昔なにかあったの……?」
「ないですけど、これから先あり得る話でしょう。だから浴衣女子と、あとドレスとか、とにかく何らかの特別な衣装を纏った女子には遭遇したくないんです」
「はぁ、なるほど……。でも、だとすると難儀だね。いつか君に奇跡が起こって結婚相手が見つかったとしても、そこにはウェディングドレス姿の彼女が立ちはだかるわけだ」
「そうなんですよ。それに関しては杞憂ですけど、でも本当にそうなんです。浴衣の男女が祭りのあとに何組セックスするにしても、それは上手に人を褒められる男たちの特権なんですよ。次元が違いすぎて羨ましいと思うことすらできないです」
「ははぁ、なるほどねぇ。…………でもねA君、残酷なことを言うようだけど、いい?」
「なんですか?」
「うん。……あのね、女の子はたぶんね、外行き用の服を着ている時は常に例外なく「褒められたい」と思ってると思うよ」
「あぁ、それはべつにいいんですよ」
「え、なんで」
「だってそういうのは皆、「まぁそんなにいちいち褒めてはもらえないだろうな」って心の片隅で諦めてるじゃないですか。確かに初デートとかは例外かもしれませんけど、たとえばぼくが学生時代の修学旅行でクラスの女子の私服を初めて見た時なんかにはそんなプレッシャーありませんでしたよ」
「えー、じゃあ逆に浴衣女子からのプレッシャーはどこで感じたの?」
「学生時代に女友達とお祭りに行った時です。あと成人式で女友達に会った時の振袖も」
「なんだ結構リア充してるじゃん」
「そうですよ、だから机上の空論ではなく現場の意見として言ってるんです。浴衣女子に会うのはリスキーすぎるって」
「なるほどねぇ。じゃあA君の理想としては、男女とも普通に私服でお祭りに行きたいんだ?」
「そうなりますね。……ていうかですね、不公平だとも思うんですよ。浴衣女子を見たら褒めなければならないというのは、ある種の常識でしょう? でも性別を逆転させた時にそういうことって何かありますか? 男の服装をプレッシャーの上から褒めなきゃいけない場面なんてこの世にあります? 男だけがこのプレッシャーに晒されてませんか……?」
「あー、それに関してはね、あるよ。女にしか訪れない、褒めなければってプレッシャーに襲われる場面が一つ」
「どんな時です?」
「……初めてセックスする相手のちんちんがどう見ても平均未満のサイズだった時」
「……………………それは、持ち主はさすがに、褒められることを期待して見せてるわけじゃないでしょう」
「そうかな。私には、一度もそう見えたことはなかったな。…………ねぇ教えてよA君、そういう時、なんて言ったら男の子は喜ぶの?」
「さ、さぁ……? 少なくとも「似合ってる」ではないことは確かですね」



・嘘、正直さ、狼からの肯定。

「Nさん、嘘って悪だと思いますか?」
「え、なになに急に?」
「最近ネットで聞いたんですけどね、失業手当をもらう時って、受け取る前に「すぐにでも再就職して働く意思がある」と明言する必要があるんですって。でも円満ではない形で職を失った人のメンタルって、まぁそんなにすぐに復活できるわけないじゃないですか」
「あぁ、うん。それはそうだね。でもそれはさすがに聞く側も分かってるから、建前上のやり取りとして聞いてるだけだと思うよ」
「そうなんです、そこなんですよ。ということはつまり、嘘をつくことを推奨しているわけでしょう? 言ってみれば国がですよ」
「はぁ、まぁ、露悪的に言えばそうなるかなぁ」
「でもぼくは小さい頃から、嘘だけはダメだ、嘘をつかない人間になりなさいって言われて育ってきたんです。そして多かれ少なかれ、他の多くの人たちも同じことを言われて育ってきたと思うんです」
「うんうん。たしかに。まともな大人ならそう言い聞かせるよね」
「なのに切羽詰まった場面になって、突然嘘をつけと言われるわけでしょう? というか失業するまでもなく、就活の場がすでに嘘つき合戦になっているのが現実じゃないですか。ただの正直者は、よほど優秀な例外的人間しかどこにも採用してもらえなくないですか?」
「そうかもしれないね。……A君はそんな世の中に納得がいかないの?」
「そりゃあそうでしょう。……まぁ実際のところ、ぼくも必要な嘘はつきますけどね。でもそれと納得とは別です」
「なるほど。子どものうちに言われることと社会に出てから求められることが違うという意味では、あれみたいだね。化粧の話」
「あぁ、たしかに……」
「なんやかんや言ってみんな化粧はするけれども、納得してるわけじゃない人も大勢いるだろうし」
「そう考えると、それとは別に必要な嘘をつかなければいけないのは女性も同じですし、女性の方がむしろその手の納得のいかなさには並々ならぬ物を感じてそうですね」
「まぁ私はすっぴんでこの顔だし、男漁ってたらいつの間にかコネで就職できてたからアレなんだけど」
「いやアレすぎますよ。ヘイトの買い方がタンク職すぎる」
「そうなんだよね。だから私から何か言ってもA君にとってはカチンと来るだけかも」
「いやそんなことはないですけど。なんですか、嘘と正直さについて一家言あるんですか?」
「まぁね」
「聞きたいです」
「……じゃあ言うけど、そもそも私は、正直さって大して良い物ではないと思うんだよね。そう思う理由は二つあって、一つは君が言ったように、この世には必要な嘘が溢れているから。正直者になれと言われて育つ人が「嘘はつくな」と言い聞かせられることからも察せられるけど、正直さの善性っていうのは、嘘の悪性と相対的なポジションにある物だと私は思うのね。なら、嘘が悪ではなくなるほど、正直さも善ではなくなるはずでしょ? なのに世間では、正直さの価値は善性にあるとされている……」
「なるほど……? ……二つ目の理由は?」
「二つ目は、正直さの価値が、実在の怪しい善性を除けば、他には褒められることによってしか担保されないこと。A君もさっき言ってたけど、正直だからって就活に有利になったり失業手当がもらえたりするわけではないし、同じように他のどこからも評価されたりはしないでしょ? 成績が上がるわけでもないし、健康になれるわけでもないし、それにたぶんモテる人っていうのは、適度に嘘が上手い人だと思うから。……じゃあ正直者であることを肯定する確固たる要素って何があるの? と考えたら、それはやっぱり褒められることだけなんだよね。正直者でいられて偉い、君は立派な人間だ……ってね」
「なるほど。でもそれがどうして、正直さの良さを否定する理由になるんですか? 褒められるのは良いことじゃないですか。いや、良いことだから褒められると言ってもいい。それに仮に褒められなくても、善なる行いをしているという自覚は、自己肯定感の向上に繋がりませんか?」
「うーん……。A君は、正しいから褒められるとか、正しさを自負することで自己肯定感を上げるっていう考え方を、良いことだと思う?」
「え? そりゃまぁ、悪いことではないのでは……?」
「……知り合いの中学生の女の子がね、あぁ、もちろんその子もサキュバスなんだけど。その中学生の子がね、20代そこそこの男にたぶらかされて、性奴隷みたいに扱われてたんだよね」
「えっ……?」
「とは言ってもね、べつに脅されてたとかそういうわけでもないし、本人が苦しんでるわけでもなかったの。むしろその子が望んでその男に尽くしてたんだよ。ほらまぁ、サキュバスだからさ。そういうこともあるっていうか」
「いや、でも、いくらサキュバスでも未成年なら犯罪ですよね……?」
「もちろんそうだよ。そしてその子もそれをペラペラ喋るような馬鹿な子じゃなかった。……知り合いの中学生とは言ったけど、その子が中学生だったのはもう二十年も前の話で、時効だからとか言って、大人になったその子が私に自慢げに話してきたんだ。自分は子どもの頃から大人の男とあんなことやこんなことをしていたんだって」
「ははぁ……」
「それでね、その子が嬉しそう〜にこう言うの。あの人はいつも自分のことを褒めてくれた、偉いね、いい子だね、上手だね……って。おかげでモチベーションが上がって奉仕するのが上手くなったし、そこで身につけた技術は今でも自分の財産だ、あの男と早いうちに知り合えてよかった……って言うの。分かる? その子は褒められたからそれを良いことだと思っていて、良いことをしたと思っているから自己肯定感を上げてたんだよ」
「……なるほど」
「だから私は、褒められることでしか担保されない正直さなんて物のことは、あんまり信用してないかな。むしろその手の漠然とした評価に振り回されて人生を棒に振るような人が出ないことを祈るばかりだよ」
「なるほどです。……でも、ちょっとそれは無理がある気もしませんか?」
「というと?」
「確かに褒めることで人をコントロールする悪人はいるでしょう。でも、どう言い繕おうとその悪人が悪であるように、正直さの善性は、どう言い繕っても善なんじゃないですか? だとしたら、善と悪を同列に語ることはできないでしょう」
「正直さが必ず善である根拠は、何かある?」
「それは、……有り体に言えば多数決です。常識のある大人を集めて聞けば分かることでしょう? 未成年淫行が悪なのか善なのか、正直さが悪なのか善なのか」
「いや、それは無理があるでしょ」
「なんでですか」
「だってそれこそ、どうして全員が正直にそれを答えると思うのさ。女子中学生を抱いた男に聞いたって、未成年淫行は悪であるって答えるよ。だとすれば同じように、正直さは善だと答える大人の人格だって、信用に値するものとは言いきれないと思うけど」
「……それは、でも、じゃあそういう嘘をつくことが悪人らしい振る舞いであることこそが、正直さの善性の証明じゃないですか」
「うーん、まぁそういう考え方もできるか、たしかに。……でもそうだなぁ、じゃあこういうアプローチはどう? ちょっと耳貸して」
「はい?」
「……実はね、さっき話してた子が子どもを産んでて、今年15歳になるんだけど、すでに母親と同じ道を歩んでるみたいなんだよね。もしよければ、A君にも紹介してあげようか?」
「なっ……」
「ふふっ、どうする? めちゃくちゃ可愛いし、なんでもさせてくれるよ、その子」
「どうするって……。…………いや、でも、僕はねNさん。未成年と一度ヤって捕まるより、成人と百万回でもセックスしたいんですよ。だから遠慮しておきます」
「あははっ、正直だ、確かに! 基準は法なんだ? 道徳的な善悪ではなくて?」
「あっ、それは、まぁ……」
「ね、おかしいね。正直さという道徳的な善を選んだはずなのに、その結果道徳的な悪にもなっちゃった」
「いや、今のに関してはもう、僕の根が悪人だからとしか言えないでしょう……。根が善人の人が正直に答えれば、ちゃんと道徳的な善になりますよ」
「そうかな……? でも君は今少なくとも、正直であろうとはしたでしょう? 子どもの頃の教えを守って、つけばいい嘘を一つもつかなかった」
「それが何か……?」
「何かって、君はちゃんと正直であろうとしたのに、世間は今の君の正直さを白い目で見るんだよ? 正直さは善であるはずなのにどうして?」
「正直さの善は道徳の善なのに、肝心のそれがなかったからでしょう」
「ふふ、そうかもね。でも、じゃあなんで私たちは正直さが善だと教わるんだろう? 嘘が無条件で悪になるのだとしても、正直さは無条件で善になるわけではないのに」
「それは……。……子どもには難しすぎる話だからとか?」
「なるほど、そうかも。……で、どう? それで納得はできた?」
「いや、むしろ余計にこんがらがったような……」
「あはは、それがいいんだよ。正直者になるにしても嘘つきになるにしても、ちゃんと物事をよく考えることが大事だと思うなぁ私は」
「はぁ」
「あ、ちなみにさっき言った女子中学生とその子どもの話、全部嘘だから」
「…………はぁ!? えっ、うわっ、やば……」
「私は、君がいつか誰かにひどい騙され方をしないかの方が心配だよ。正直者になるのは自由だけど、人を疑うことは覚えようね」
「嘘ついといてその言い草なのはさすがに悪人すぎる」
「え〜、心配してるんだから善人だよ〜」



・誕生日の何がめでたい?

「A君って誕生日いつだっけ」
「十二月ですね」
「お、もうすぐじゃん。プレゼント何がほしい?」
「いや、いいですよべつに。子どもじゃないですし」
「大人でも誕生日にプレゼントくらいするよ。遠慮しないで、何かほしい物ないの?」
「……いや、申し訳ないんですけどね。僕は誕生日プレゼントが苦手なんです」
「えっ、うそ、そんな人いる!? ……なんかいつかの浴衣の話を思い出す流れだなぁ」
「偏屈な人間で申し訳ない……」
「いやなぜそんな卑屈に……。でもそうだなぁ、そろそろ君との付き合いも長くなってきたし、ここは一つその心の内を言い当てて見せよう。A君が誕生日プレゼントを苦手としている理由はずばり、渡された時に上手く喜んで見せられるかどうか自信がないからでしょう! どう? 当たってる?」
「いや、まぁそれもあるんですけど、どちらかというとハズレです」
「え〜。じゃあなんで苦手なの?」
「……これ正直に答えても友達のままでいてくれます?」
「なにその怪談のオチ付近みたいな前置きは。もちろん末永く友達だよ。なに……? 言ってごらん?」
「…………プレゼントってお返しありきじゃないですか」
「え?」
「プレゼントとか、お土産とか、そういう贈り物絡みの文化って、お返しの概念が常識としてセットになってるじゃないですか」
「……あー、まぁ、うん、そうだね。ってことはつまり、A君はお返しをするのが嫌だと」
「いや、嫌というか、…………いやすみません嫌ですね正直」
「うむ、まことに正直でよろしい。ちなみに嫌だと思う理由は聞いても?」
「理由は、一つはセンスがないからです。何を選んだらいいのか分からないし、適切な落とし所も分からなくて、失敗するのが怖い」
「ふむふむ。他には?」
「他には、なんというかその、これはお返しだけの話じゃなくて、贈り物文化その物へ対する話なんですけど……」
「うん」
「仮に喜んでもらえたとするじゃないですか。プレゼントとかお土産とか、あるいはそのお返しとかを渡して、ありがとう嬉しい〜って」
「うんうん」
「……僕はその「喜んでもらう」ということに、喜びを感じられないんです。喜んでもらえてよかったとか、嬉しいとか思えないんです。無になっちゃうんです、心が」
「ははぁ、無に。なるほど、それだとA君視点での贈り物文化はつまらない物なのかもね」
「そして最後の理由としては」
「まだあるんだ」
「あ、あります。最後の理由としては、その、……金銭的な」
「あ〜はいはい、わかるよ。だってA君は……………………いやごめん普通にライン超えなこと言おうとしちゃった」
「え、なんですか言ってくださいよこの際。お互い様ですよ」
「本当に? 尊厳に関わるレベルの悪口だけど」
「……それで贈り物についての話を進める免罪符が買えるなら聞きます」
「ん。じゃあ言うけど、A君っていつも同じ服着てるよね」
「がっ、おっ、同じじゃないですよ! これは似てるからそう見えるかもしれないけど、別な物が三着くらいあって」
「その三着くらいしか、寒くなってからの時期の君の服装としては見たことがないよ。結構会ってるのに。もしかしなくてもその三着しか着てなくない?」
「た、足りませんか……? 三着では」
「いや、まぁいいんだけど。ところでその三着はそれぞれいつ頃買った服なの?」
「いつ頃……? えーと、そうですね……。……いつって言われると、いつだったかな。えーとね…………」
「思い出せないくらい昔からその三着で冬を生きてるんでしょ! 分かるよ、少なくとも君はお金持ちではない!」
「うぅ……! たしかにどえらい暴言だけど、でも分かってもらえて嬉しい方が勝る……」
「重症だね……。なに、趣味にお金使ってて服装まで回らないとか?」
「いや、そういうわけでもないんですけど。でもまぁとにかく、お金はないんです。申し訳ない」
「ううん、こっちこそ失礼なこと言ってごめんね。……でもいっそ重ねて失礼なことを聞くけど、いつものホテル代に関しては大丈夫なの……?」
「大丈夫かそうでないかで言うなら、そうでない方です」
「あ〜マジかぁ……。もうすぐ年末だし、今年いっぱいは私が持とうか……?」
「え、いいんですか?」
「失礼なこと言っちゃったお詫びとしてね」
「お金に関する失言をお金で解決してる……」
「うっ、ごめん、確かにそうか……。じゃあ何か別の方法で……」
「いや同情するなら金をください」
「君がいいなら私はいいけど……? ……いやちょっと待って、そう考えるとなおさら誕生日プレゼントは必要じゃない?」
「なんでですか。ていうかまだその話するんですか」
「するよ。だってほら、今の話の感じだと、ほしいけど買えてない物とかあったりするんじゃないの? だとしたら誕生日は恰好のプレゼント日和じゃない」
「まぁそりゃ、そういう物もなくはないですけど」
「でしょ? だからほら、教えてよ。十二月になるまでに用意しておくから」
「気持ちはありがたいですけど、いいですよ、本当に。後々禍根が残っても困りますし」
「残るわけないでしょそんなの」
「いやいや、考えてみてくださいよ。プレゼントをもらって、仮に僕がすごく喜んだとするじゃないですか。でもそれは、お返しをしなくていいからって理由込みであることがすでに明らかになってるわけですよ。そんな喜び方を見てたらムカついてきませんか……?」
「こないよ。微笑ましく見守ってるよ」
「じゃあさっき心配した通り、僕が人格的な難によって上手く喜べなかった場合は……? お返しはしなくていいと譲歩したあげくに万が一にでもそんな態度を取られたら、さすがのNさんも……」
「いや気にしないって。私があげたくてあげるんだから」
「本当にそう断言できます……?」
「できる。絶対に」
「……じゃあ次の問題についての話に移るんですけど」
「まだあるの!?」
「ありますよ。……そもそもの話になっちゃうんですけど、誕生日っていったい何を祝ってるんでしょう……?」
「え? それは、新しい歳になっておめでとうってことじゃないの?」
「なんで歳を取るとめでたいんですか?」
「えー、大人になることはめでたいことだし、もう「大人になる」というほどの歳じゃなかったとしても、一年を無事に生きられたことはめでたいことなんじゃないかな」
「誕生日プレゼントのお返しもできないような男が一年生きてたことって本当にめでたいんですかね……?」
「卑屈すぎる卑屈すぎる! めでたいよ! 思い出して今年一年を! いいことあったでしょ!」
「まぁありましたけど、それって僕にとってのいいことであって、僕が僕の一年を祝うならともかく、誰かが僕を祝う理由にはならないと思うんです」
「あーわかったわかった! じゃああれだ、生まれてきてくれてありがとうの日なの誕生日は! 本当は毎日しっかりありがとうを伝えられたらいいんだけどなかなかそれも難しいから、一年に一回まとめてありがとうを伝えようっていう日が誕生日なの! まとめた結果がプレゼントを渡すことになっちゃうだけで、まとめること自体がどちらかといえば本意じゃないわけだから、だからお返しなんてどうでもいいの! わかった!?」
「……なるほど。まぁそういうことなら、なんとなく分からなくもないです。友達としてってことですよね?」
「うんうん、そういうこと。だからほら、ほしい物があるなら教えてよ。私だってサプライズを期待されるのは荷が重いんだから」
「……いやでも待ってください、そう考えてもやっぱり、僕がNさんの誕生日をお返しに祝えないことに正当性が生まれるわけではなくないですか……? プレゼントのシステムが本意ではない形だけの物だとしても、僕はNさんの誕生日をどうやって祝えばいいのか分かりませんし、そう考えるとそもそも僕が祝われること自体が……」
「う、うるせぇ〜! なんでそんなに頑なに拒否するの!? いいじゃん祝わせてくれたら! 君が私の誕生日を祝う時はおめでとうだけ言ってくれたらいいの!」
「祝われる資格がないのに祝われたら不安になるじゃないですか! 誕生日の何がめでたいのかにも自信が持てないで、なんでこっちだけプレゼントをもらってお返しは言葉だけになるんですか、おかしいでしょ」
「おかしくないよ、それがお互いのためでしょ? 私はプレゼントを渡してお祝いしたいだけだからお返しは求めてない、君はお返しはしたくないけどほしい物はある。ってことはウィンウィンじゃん、何の問題があるの?」
「何の問題がっていうと、それは……」
「それは?」
「……プレゼントを渡すことがお祝いをすることだと認めてしまったら、貧乏人は誰の誕生日も祝えなくなる」
「そ、そんなことは一言も言ってないでしょ。祝い方は人それぞれだよ」
「じゃあなんでお返しの文化があるんですか……? もらいっぱなしでは申し訳ないとみんな口を揃えて言うけど、違うでしょう? 本当は逆でしょう。人は、あげっぱなしでいることが許せないからお返しの文化を根付かせたんでしょう? だってそうでなければ、全員が僕のような人間だったら、贈り物なんて文化は発達しなかったはずです。贈り物に関することは、能動的な贈りたがりの人たちが主導権を握ってるんですよ! Nさんもまさにそのタイプじゃないですか」
「あ〜もう、じゃあ分かったよ、それならお返しにはお菓子を買って? 百円のやつ。それでいい?」
「……百円のプレゼントを渡されて喜ぶのは難しくないですか?」
「そこは任せなさい、サキュバスだから私は。愛想の良さで生きてるのこちとら」
「いやそれもあるけど、僕の方が問題なんです」
「あぁ、無になるってやつ? でも無ってことはマイナスではないんでしょう?」
「いやそうじゃなくて、受け取った時の話で」
「え?」
「こんなこと言うのもおかしいですけど、百円の予算でほしい物を探すのが難しいんです」
「……ん? いや、なにが? よく分かんないんだけど」
「え? 百円のお返しをすると初めから決めておくからには、こちらも百円前後の物しかねだれないじゃないですか」
「いやいやいやいや、それじゃ意味ないでしょ。本末転倒だって」
「そんなこと言っても、高価な物のお返しに百円のお菓子を渡すのは喧嘩売ってることになっちゃいますし」
「ここまで頑なにほしい物を言おうとしないことの方がどっちかというと喧嘩売られてるよ。ていうかそんなに高価な物がほしいの?」
「高価っていくらくらいからだと思います……?」
「一万円以上かな」
「あ、じゃあ大丈夫です。セーフ」
「よかった。で、なにがほしいの?」
「……PS4のコントローラーですね。最近壊れかけてきてるので」
「……………………A君さぁ」
「は、はい」
「……いやごめん、なんでもない」
「え、なんですかまた。もうこの際どんな暴言でも言っちゃいましょうよ」
「いや、ちがうよ。暴言っていうわけじゃない……と思う。でもね、なんかこう……」
「こう……?」
「……私は、正直そんなに他人の誕生日について深く考えてなかった。なぜ祝うのかとか、何がめでたいのかとか、考えたこともなかった。でもお祝いしたら楽しいでしょ? だから祝いたいし、今まではそうしてきたの」
「はい」
「プレゼントの話もその一環で、喜ばせたかっただけなの。だって私は、喜んでもらえたら嬉しいから。それがエゴだってこともちゃんと分かってるつもりだった。でも、お互い幸せになれるならエゴでもいいでしょとも思う。そうやって今まで深く考えずにやってこられたのは、……私は誕生日を行事だと思ってるからだと思う」
「行事?」
「おせちの品にどんな縁起が込められているのか知らなくても、食べたらおいしいし、おいしいなら食べるでしょう? 私にとって友達の誕生日を祝うことはそういうことだったから、意味なんて考えたことがなかったんだよ。お返しがほしいと思ったこともない。行事を楽しむことにお返しなんてないから」
「いや、そうでもなくないですか。バレンタインとホワイトデーがありますし」
「あぁ、確かに。あれは私から見ても面倒だよ。だからいつもバレンタインのチョコには出来るだけ関わらないようにしてる。A君にもそうだったでしょ?」
「チョコのかわりにセックスでしたね。……ホワイトデーのお返しもそうでした。なんでも言うことを聞いたかわりに、今度は君が言うことを聞いてくれって。……でもあの時Nさんが僕に要求したことは、僕自身の性癖を代弁した内容だった」
「そう。そうすれば相手を喜ばせるだけで終われるからね。お祝いと同じで」
「じゃあ誕生日もそれにすればいいのでは……?」
「……そうなんだよね。本当にそう思う。ノリでプレゼントに何がほしいか聞いて、話の流れでお金の話題になって、じゃあセックスより物の方がいいだろうと思って、それで頑なに聞き出そうとした私が間違ってた。セックスなら喜んでもらえることを知ってるんだから、おとなしくそれにしておくべきだったんだ。ごめん」
「……なんで僕にゲームのコントローラーをねだられた途端にそんな悟りを開いたんです?」
「だってコントローラーだよ?」
「はい」
「私が買わなくても、本格的に壊れたら仕方なく自分で買うんでしょう?」
「まぁそうですね。アマプラもPS4で見てるので」
「ゲームソフトがほしいって言うなら分かるよ。自腹で買うほどではなくてもタダで手に入るなら遊んでみたい物だってあるだろうし、逆にむしろ前々から楽しみにしていた物があってもいい、どっちも分かるよ。……でもコントローラーはさ、もうどちらかといえばインフラじゃん、それは」
「インフラだといけませんか……?」
「いけなくはないけど、それだとどこまで行っても「出費を浮かせる」って話になるでしょ……? プレゼントっていうのは、私が思ってた喜んでくれるっていうのは、勝手だけど、でもそういうのじゃないから……。それで考えてることが、感覚が、本当に違うんだなって理解したの」
「……まぁインフラという言い方をすると、仮にプレゼントとして光熱費を払ってほしいとか言われたら、確かに世知辛すぎてつらい物があるかもしれませんね」
「……例え話だよね?」
「あ、はい。実家暮らしなので」
「そう……。まぁ、でもそんな感じ。それでちょっと反省したの」
「なるほど……?」
「うん。でもここまで言っちゃったからには、今年のA君の誕生日にはご所望通りコントローラーを買ってあげる。その前に壊れちゃったら前倒しでもいいけど」
「ありがたい〜」
「……それでね、そのかわりといってはなんだけど、やっぱりお返しの話を考え直してもらってもいい?」
「え? あ、はい。なんでしょう」
「お菓子はいらないからさ、私とセックスしてよ」
「……それはいつもしてますよね?」
「そう。だからホワイトデーと一緒。私はセックスその物じゃなくて、A君の性欲がほしいの。サキュバスだからね。そのためには君がしたいようにするのが一番だから、お返しはそれにして?」
「それは僕としてはありがたい話ですけど……。でもセックスにセックスで返すならともかく、物にセックスで返すのはやっぱり違う気が」
「物は私が聞いちゃったから今年は買うっていうだけ。来年からはもうあげないし聞かない。来年以降の君へのプレゼントは、いつも通りの私の体だけです。……ね、それでいいでしょ?」
「は、はい。僕の方に断る理由は皆無です」
「ん、よかった。じゃあそういうことに決定ね」
「はい。……ところでNさんの誕生日っていつなんですか?」
「私も十二月だよ」
「おお、奇遇ですね」
「だね」
「……生まれてきてくれてありがとうの日を飾るにしては、僕の性癖は不適切すぎませんかね」
「あ〜もう禁止! 誕生日に疑問を持つ系の話禁止! いいから私の言う通りにしなさい! そろそろ本当に怒るよ!?」
「えぇ!?」


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