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2/13 「欠けている十大主星」が意味するもの② 苦手な人間関係・苦手な活動、人生の優先劣後

ここ何日か、十大主星について連投していますが、
ご覧になっている方の中には、多少、腑に落ちない…と感じている方もおられるのではないかと思います。

というのも、
「欠けている十大主星」というのは、誰しもにあるわけで、
「欠けている」というだけで欠点や短所になるなんて腑に落ちない、と感じるのは、
万能感を前提とする現代の感覚では当たり前ですし、

「自然の配置どおり」の人体星図なんてこの世界にはほとんどないわけで、
…にも拘わらず、「自然の配置」どおりではない方位の関係は良縁にならない、などというと、救いがないと感じる方もおられるからです。

けれど、そのように感じるのは、
「算命学を頭で考えている」うち、
「算命学の理論を机上で考えている」うち、
「まだまだ若くて、実際の自分の力量を客観的に捉えることができていない」うち、
あるいは「自身の能力・才能が確立していないために自覚していない」うち、
…であって、

ある程度、自身の人体星図を構成する十大主星の能力・才能が確立し、
その発揮について、自分の実体験を振り返り、自分の能力・才能を客観的にみることができる段階にある方であれば、
確かにそのとおりであることに気づかれるのではないかと思います。

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