見出し画像

9/2 宿命に中殺があると苦しいのか?

本日は、先月末に予告いたしましたとおり、
(2)宿命に中殺があると苦しいのか?
…について書きます。

実はこのテーマは、ブログを始めたころに好んで書いていました。

というのも、私自身に生月中殺があり、
それに苦しみ、

それについてあれこれ調べ、その仕組みを掘り下げ、いかに活かせば良いか?
…ということに真剣に向き合い、掘り下げて考えていたからです。

けれどその仕組みを理解し、
それに応じた在り方や選択を心掛けるようになって以来、
人生は安定し、うまく身を処すことが出来るようになり、
あまり気にすることがなくなったので、書くことが少なくなりました。

算命学において、
偏りや不足は人生を加速させることにつながり、
バランスや満足は人生を減速させることに向かうといわれますが、

このあたりは、
「成功哲学を書き続ける作家は本当の意味で成功していない」のと同様に、
「宿命中殺について書き続けられる中殺保有者は中殺を乗り越えられていない」といえるのではないか?
…という気もいたします。

そんな感じで、
一度扱い方を知ってしまえば、それほど苦しくもない中殺ですが、
それと知るまでは、この世の不幸を一身に背負っているかのような葛藤につきまとわれるのも中殺であり、

本日はその中殺について、改めて、そしてこれまでになく深く説明しておこうと思います。

ここから先は

4,755字
この記事のみ ¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?