見出し画像

案外 書かれない金継ぎの話(24)漆に糊を入れる理由

欠けの修理編が終わりましたので、最終編の破損の修理に入ります。
破損の修理では、接着の材料と手順がポイントになります。接着が上手く出来れば、後はヒビや欠けの修理と同じですから、極端に言えば接着の精度が破損の修理の良し悪しを決めると言っても良いでしょう。
まずは接着作業のかなめとなる ”接着用の漆” について少し考察しておきたいと思います。

漆だけで接着剤になる

金継ぎの接着では糊漆のりうるし麦漆むぎうるし(稀に膠漆にかわうるし)が使われます。塗料である漆は糊を混ぜないと接着剤にならないと思っている方が多いので、破損の修理では直ぐに糊漆や麦漆の作り方の説明に入ってしまい見落とされがちですが、実は漆だけでも接着剤になりますし、かなり強力な接着力もあります。
接着力が強いからこそ、丈夫な塗料になるとも言えます。

岩波文庫「うるしの話  著 松田権六」には

漆でいちばん丈夫に接着させようとする場合には、優良な漆で「クロメ」と「ナヤシ」のかかった乾燥力の早いものを選んで、接着すべき物体の両面に塗り、完全乾燥の一歩手前というところで両面を接着させる。これがもっとも効果的な接着方法であろう。

と書かれており、実際にやってみると漆だけでも接着でき、磁器のような吸水性の低いものほど効果が高いことが分かります。つまり、金継ぎの接着の主剤となるのは糊ではなく漆だという事です。

では何故、接着剤として漆を使う時には、糊を混ぜる事が一般的になったのでしょうか?調べても、はっきりと糊を混ぜた歴史や理由が明記されている文章は見つかりませんでしたが、漆だけを使った時に生じる問題点に着目することで推察する事が出来ます。

硬化時間の問題

漆は、ウルシオールという油に酵素を含む水滴が分散したエマルジョンの液体です。この液体の酵素が大気中の酸素を取り込んでウルシオールを固めることでゲル状(高分子結合によりゼリー状になった状態)になり、最終的に固化します。
固化した漆は耐熱耐水耐薬品性の安定した物質になるので食器の使用に理想的だと言えますが、問題なのは、大気と触れる面積が狭くなるほど酸素を取り込むのに時間が掛かるという事です。特に無機材の陶磁器は、ガラス化が進んだものほど貼り合わせた個所が嫌気けんき状態になるため乾くまでに時間が掛かります。よく焼き締まった磁器素地は、半年~1年の養生が必要になります。

漆が吸収され目減りする問題

多孔質素地の陶器は、磁器と違って吸水性があります。当然、漆も吸収します。ヒビ止めで漆が毛細管現象によりゆっくりとヒビに浸透した事から分かると思いますが、塗った漆は酸化重合が進んで粘りが出てくるまでに素地へ吸収されていくので、接着面に留まる量が減ってしまうという問題が起きます。
第2回で接着には分子間力や機械的結合(投錨効果)などが作用していると説明しましたが、これは接着した物と物の間に必要な量の接着剤がないと十分な効果が発揮されません。そのため、貼り合わせた面の接着剤が徐々に目減りしてしまうと、こうした効果も弱くなってしまいます。
また、張り合わせた後に目減りし、隙間が出来たまま固まると水や加熱蒸気が侵入する可能性が高くなります。水や加熱蒸気は物の間に入り込むと接着力を落とし、接着効果が著しく低下してしまいます。凝集破壊や界面破壊により接着箇所が取れてしまう可能性もあります。

瞬間接着剤には液状の他にゼリー状があることからも分かるように、多孔性の物質の接着は、張り合わせる面に接着剤が過不足なく残留することが重要になります。

糊が必要な理由

漆を汎用的な接着剤として使うには、張り合わせ面に漆が残留した状態で密着している事が必要ですが、密着させるほど乾かなくなります。この相反する問題を解決するために加えるのが糊になるわけです。
よって、漆に混ぜる糊は、張り合わせ面に漆を残留させること、且つ、漆が乾くまで接着を保持する役割を持つという2点が必要条件になります。

金継ぎで糊として多く使われるのは米と小麦です。米から作った糊は続飯そくい姫糊ひめのり、小麦から作ったものは盤石糊ばんじゃくのりと言います。どれが良いのかという質問を受ける事がありますが、糊になる成分が違うため特徴や効果も大きく違います。どれが良いというよりも、糊の特徴を理解して適切に使う事が大切でしょう。
次回からは、それぞれの糊の特徴と作り方について、更に、私が考える実用陶磁器のための第3の接着用漆の可能性についても解説したいと思います。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

<参照:うるしの話 松田権六著>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?