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案外 書かれない金継ぎの話(20) 錆と刻苧の私的考察〈後編〉

今回は更に錆と刻苧を深堀りしたいと思います。研究途中の話なので参考として読んで頂き、興味のある方は試して新たな楽しみとして頂ければ幸いです。

陶磁器に合わせた修理という発想

漆塗りは木胎塗装で発展してきた事もあり、いま行われている陶磁器の金継ぎも木胎塗装を基礎とした技術が用いられています。
枯れた技術なので現状でも十分ではあるのですが、陶磁器の金継ぎは無機素材への部分補助という特異なケースになるので、それに合わせた材料や技術という視点から見直す事は大切だろうと私は考えています。ガラス用漆や砥の粉だけを使うのは、そうした考えによるものですが、更にもう少し工夫出来ることはないかと模索しています。

珪藻土のデメリット

錆・刻苧の骨材には、植物プランクトンの殻が堆積して出来た珪藻土(珪藻泥岩)の粉末が使われています。殻は微細な穴(隙間)がたくさんある網のような構造なので漆がよく馴染むとされています。塗りの下地には錆土という鉄分を多く含む土が使わることもありますが、金継ぎで広く用いられるのは珪藻土であり、現状、金継ぎの鉱物はこれ一択です。

漆とよく馴染みますが、含有する粘土成分が少ないため粘着性や可塑性は低く、削げのように塗り重ねる修理では問題ないですが、欠けのような成形を行う修理では、どうしても接着性や作業性が落ちます。

デンプン糊

そのため続飯・姫糊という米から作ったデンプン糊を加える事があります。デンプンは乾く(老化する)と硬く水で溶けにくいため、平安時代から広く用いられている糊の一つです。
デメリットは含水率が高く乾く際の縮みが大きい事と、硬くなっても熱水や加熱蒸気に触れると軟化することです(乾いた冷や飯の温め直しに似ています)。茶碗やカップなどの食器に使用した場合、熱水や加熱蒸気が入り込んでしまうと劣化が進み、少しずつ錆や刻苧を弱めます。

木節粘土と蛙目粘土

熱水や加熱蒸気の影響を受けにくく、粘性や可塑性が得られる材料はないのかと考えた結果、陶磁器の原材料となる粘土がある事に気付きました。
一次堆積粘土の蛙目粘土(がいろめねんど)、二次堆積粘土の木節粘土(きぶしねんど)は粘りの強い粘土の代表です。成分に多少の違いはありますが(金継ぎの話なので違いの説明は割愛)どちらもカオリナイトという結晶粒を多く含み粘性・可塑性が高く、陶芸材料店で容易に購入することが出来て安価です。

20-01蛙目粘土 木節粘土
 左から蛙目粘土、岐阜県産木節粘土、愛知県産木節粘土

手元に蛙目粘土、岐阜県産と愛知県産の木節粘土がありますので、
錆(粘土2 水1 漆1 (重量比))
を作り、プレパラートに塗った後、30日置いたものを熱湯に入れてみました。結果は、3つとも砥の粉で作った錆と変わらず、軟化や変形は起きませんでした。

水研ぎの際、砥の粉の錆に比べると水の濁りが早く、潤滑性がでるため拭き取りと加水の回数が多くなる。愛知県産の木節粘土は粘性が強すぎるといったデメリットもあるので、粘土単体でも錆になりますが、砥の粉と混ぜることで、骨材の砥の粉、可塑剤の粘土という役割で使う方が良いのではないかと思います。

産地により粘度が違いますが、概ね

砥の粉7 粘土3 〜 砥の粉5 粘土5(重量比)

が使いやすいと感じた割合です。
ちなみに、市販されている陶磁器の坏土(陶作用に配合した粘土)は
磁器が、長石30 珪石40 粘土30(重量比)
陶器が、長石10 珪石40 粘土50(重量比)
という調整なので、結果的に似た比率だと言えます。

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テストサンプル

珪藻土と陶石

材料説明の項で、砥石には、陶石と珪藻土の2種類があるという話をしました。

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天草陶石(左)と砥の粉(右)

では陶石は錆・刻苧にならないのかという疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。その試験も行っていますので補足します。

陶石の主成分は珪藻土と同じシリカですが、絹雲母(セリサイト)という鉱物が含まれているため、粘土に似た粘性や可塑性があり、古い有田焼は陶石単味で器を作りました。
陶石は白磁器用の粉体として販売しているため、漆芸用の砥の粉よりも練ると非常に滑らかで、乾くと硬度も十分です。砥の粉よりも乾く時間が長くなるようですが陶磁器の金継ぎであれば珪藻土の錆と同じように使えます。粒が多孔質で無い分、漆との馴染みが悪いかというと、特にそんな感じはありません。ただし絹雲母は木節粘土や蛙目粘土ほどの粘性や可塑性は無いので、パテにするなら砥の粉と同様、粘土を添加した方が使い易いと思います。(ちなみに、古い有田焼は陶石だけで形を作りましたが、瀬戸の磁器は石と土を混ぜて形を作っています。)

以上を踏まえて、次回からは欠け修理の実践に入りたいと思います。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

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