ハマれば底なし! お金の問題だけじゃない不妊治療における5つの沼
先日、国内で出産した子供の15人に1人が体外受精で生まれているニュースがありました。 2013年の調査では24人に1人。2003年に64人に1人であったことと比較しても、不妊治療は年々増えており体外受精が特別な治療でないことがわかると思います。
子供は授かりものだから自然に妊娠したい。
不妊治療はお金がかかるから嫌。
女性の高齢化が不妊の原因でしょ。
といった意見が一般的ではないでしょうか。
しかし不妊治療の実態を調べれば調べるほど、その意見は覆りました。
それは「真っ暗な闇」「底なしの沼」と呼べるものでした。
菅義偉首相は不妊治療の保険適用制度を掲げていますが、実態を知れば知るほど、お金の問題だけではないことがわかります。沼は5種類あります。
「基礎知識」「お金」「治療施設」「男性不妊」「社会」です。
この記事ではそれぞれについて解説していきます。
妊活というイベントは一生のうちに何度も訪れるものではありません。
まだまだ先の話だったとしても、いずれこの沼に足を踏み入れることも考えられます。まさか僕も自分が男性不妊だとは夢にも思いませんでした。
男性も女性も不妊治療についてあらかじめ知っておくことが、この社会問題を解決する力になるのではないかと思います。普段は見る機会のないこの沼が社会の力で少しでも解消すること切に願います。
(沼の数があまりにも多いので記事は17,000文字あります。気になる項目から読んでください。)
1.不妊治療の【基礎知識】
1-1.不妊治療をしている夫婦は5.5組に1組
国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」(2015年実施)によると、不妊を心配したり悩んだりしたことがある夫婦は35%という結果でした。つまり、3組に1組の夫婦が「もしかして不妊かも?」と心配した経験があるということです。
そして実際に5.5組に1組の夫婦が不妊治療や不妊の検査をしています。
(何らかの不妊治療を受けている人は50万人と推測されています。)
あのご夫婦は子作りする気があるのかな?なんて思っている方がいる場合、もしかしたら不妊治療をされていて、デリケートな問題なので人に話せていないのかもしれません。
参考資料
→ 第 15 回出生動向基本調査(P.25)
1-2.妊娠は病気ではない、では不妊治療は病気か?
日本では1983年に体外受精ではじめて子供が誕生しました。その後、2018年調査には体外受精の治療件数は年間45万4893件となり、15人に1人が体外受精で生まれることになったわけです。
わずか35年の間に不妊治療の治療件数が劇的に伸びていることがわかると思います。
これほどまで治療回数が増えているのに不妊治療について学校で習ったこともなければ、啓蒙活動を見る機会もほぼありません。デリケートな問題だから話題になりにくいのもありますが、社会的には妊娠・出産は病気ではないという認識があります。
出産は鼻からスイカがでるぐらいの痛みとか、出産のダメージは交通事故レベルとか言われていますが、妊婦検診や分娩など出産に関わる費用は保険適用されていません。あとで助成金でお金は戻ってきますが自然妊娠して正常分娩したとしても出産費用に自費で40万~50万円が必要になります。
妊娠・出産は病気ではない。ゆえに不妊治療も病気ではないので自費で治療すべきだ!という医療者、保険者、政治家は大勢いるのではないでしょうか。
「不妊治療は病気ではないから3割負担の保険適応にはできない。けど、どうしても子供が欲しければ、妊娠確率30%の不妊治療を一回70万円の費用を払って自費でやってね。年々治療費は高額になっているけど。」
というのが不妊治療です。
参考資料
→ 日本産科婦人科学会2017年ARTデータブック
→ 不妊治療の保険適用について
1-3.世界最低レベルの日本の生殖医療
日本の医療は世界トップレベルゥゥゥーーーー! ! 昔はそう思っていましたが実際はまったく違う結果でした。
生殖補助医療を監視するための国際委員会(ICMART)によって作成された、61か国・2500の生殖補助医療(ART)クリニックから導き出された統計データによると、日本は体外受精の実施件数は世界1位ですが、1回の採卵あたりの出産率は世界最下位でした。
そんなはずはない。日本人女性の年齢が高いからだという意見があるかもしれないので他の国と比較してみしょう。
採卵1回あたりの出産率は、
【トップ:台湾】出産率 36%(初婚年齢 30.5際)
【26位:スウェーデン】出産率 24.4%(初婚年齢 31.4歳)
【最下位:日本】出産率 6.2%(初婚年齢 28.8歳)
このように年齢が原因ではありません。
卵子提供がある国は出産率が高いという意見や、不妊治療年齢に限度がないからという意見もありますが、それが理由で日本が最下位になっているのでしょうか。
日本では高額な不妊治療を世界で最も数多く実施し、採卵しても出産率に繋がっていません。これは日本の医療に何かしらの原因があると考える方が妥当ではないでしょうか。
参考資料
→ 日本は世界一の「不妊治療で出産できない大国」この残念な現状
→ International Committee for Monitoring Assisted Reproductive Technologies world report: Assisted Reproductive Technology 2008, 2009 and 2010
→ 台湾の少子化と政策対応(P.14)
1-4.ステップアップ治療により時間が奪われる
不妊の定義とは、妊娠を望む男女が避妊をしないで性交しているのに1年間妊娠しない場合をいいます。一年経って、あれ?何かおかしいと思い、産婦人科を訪れるわけです。
不妊治療には主に4つの治療があります。
1. 排卵日を特定し、そのタイミングで夫婦生活をもつ「タイミング法」。
2. 排卵日に、特殊な注射器で精子を子宮の中に送り出す「人工授精」。
3. 卵と精子を体外に取り出して、培養液の中で受精卵(胚)をつくってから子宮の中に戻す「体外受精」。
4. 顕微鏡下で1個の卵子に1個の精子を直接注入して受精卵(胚)をつくり、それを子宮の中に戻す「顕微授精」があります。
病院に行くとまずは「タイミング法」を医師から勧められます。
排卵日にタイミングを合わせて性交してもなかなか授からない。これはおかしいなと人工授精に切り替えて数回。これでも妊娠しない。
などと悪戦苦闘しているうちに数年経過して、高齢出産になるという話をよく聞きます。
それだけならまだしも女性側の検査が不十分であったり、実は男性側に問題があったという話もよく聞きます。
不妊治療は施設格差が大きく、頼っていた医師が実はそんなに詳しくなかったという場合もあります。不妊治療はとても専門性の高い治療です。
日進月歩している不妊治療に医師の情報がアップデートされておらず、無駄に時間を浪費することが不妊治療でもっとも大きい沼でなのではないでしょうか。
2. 生命に費やす【お金】
2-1.人工授精、体外受精、顕微授精の治療費
不妊治療は自由診療なので保険点数制などもなくクリニック毎に費用が異なります。患者によって治療内容や処方する薬などが違うので見積もり内容が細かくなるのはわかりますが、統一された項目もないので金額を比較するのがとても困難です。
地域差や専門性によって金額は違いますが、概ね以下の金額になります。
・人工授精 1〜3万円
・体外受精 30〜70万円
・顕微授精 40〜80万円
生命を関わることなので「念の為」「安全に」などオプションを付けていけば、100万円を超える不妊治療もあります。
また苦労して妊娠しても流産の可能性は30〜35歳で15〜20%あります。
その場合、もう一度不妊治療をすることになります。
あからじめ複数の受精卵があると胚移植だけの費用で済みますが、自然周期法などの場合、もう一度採卵から実施する必要があるので費用は大きくなります。
多くの不妊治療クリニックでは妊娠認定されると卒院となりますが治療費だけでなく卒院費がかかるクリニックもあります。
卒院後は一般の産婦人科に転院となりますが、もちろん出産費用は別途必要です。
2-2.不妊治療の平均費用は193万円
治療費が高額で何度も治療を繰り返す可能性がある不妊治療ですが、平均してどれぐらいの費用を費やしているのか気になると思います。
Webメディア「妊活ボイス」さんの調査によると、高度不妊治療(体外受精・顕微授精)にかかる費用は平均で約193万円と発表されました。
なお300万円以上かかった方も約6人に1人いるそうです。
子を望む気持ちはお金に変えられないという想いが強いので、あきらめきれずに500万円、1000万円など費やす方もいらっしゃいます。
成功確率の低い高齢女性に対して保険を適応するなという意見もありますが、それなら年齢制限をかけてもいいと思います。
不妊治療は何も高齢の方のみのものではありません。治療が必要な20代の方もいます。若い夫婦が190万円もの大金が必要だとしてそれだけの貯蓄はあるのでしょうか?
令和元年に実施された金融広報中央委員会(知るぽると)の調査によると、2人以上世帯の金融資産保有額の中央値は20代で71万円、30代で240万円です。
少子化が社会問題と言われているなかで貯金もなく子供をあきらめている家庭が多くあるのではないでしょうか。
参考資料
→ 高度不妊治療にかかる費用は平均190万円以上!約3人に2人は金銭面をネックと感じる
→ 家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査] 令和元年調査結果
2-3.助成金があっても年々上がり続けている治療費
不妊治療に関する助成金は国が実施する『不妊に悩む方への特定治療支援事業』に基づき「特定不妊治療費助成制度」として7.5万円〜30万円の助成金が出ます。
この助成金には所得制限があり、夫婦合算の所得ベースで730万円を超えた家庭には支給されません。(東京都は905万円)
菅義偉首相が少子化対策の柱として打ち出した保険適用拡大により、厚生労働省は所得制限を撤廃する方向で検討に入っていますが、クリニックでは成功確率を高めるために年々費用が増大しており10年前に比べて費用は倍近くになっています。
助成金を拡充したとしても、治療費が高額化しているのでイタチごっこの状態です。
一部の不妊治療クリニックでは、保険適応すると患者が急増して今までと同様の治療ができないという意見もありますが、今回の菅総理肝入りの不妊治療環境改善施策を助成金の拡充だけで終わらすと、治療費の高額化の問題は改善できません。
2-4.子を望む気持ちが無制限にお金を支出させる
当たり前のように子を望めると思っていたのに、いくら努力してもなかなか授かれないのが不妊治療の沼です。
1%でも妊娠確率をあげるために有名クリニックを訪れ、オススメされるがままの治療を繰り返し、ダメなら別の有名クリニックを訪れ、またそのクリニックの方針で治療をおこなっていることでしょう。
日々自分の体調をよくしようと何種類ものサプリメントを飲む人も多くいます。人間の生殖器官は医学で解明されていないことも多いのでトンデモ医療が蔓延しているのも不妊治療の特徴です。
下図は産婦人科学会が提供する、高度不妊治療(ART)の一般的な成績データですが、35歳で妊娠率は20%を下回ります。
患者の子供を持ちたい希望と病院側の利潤追及がマッチして、患者の資産を無尽蔵に吐き出させているのが今の日本の不妊治療なのではないでしょうか。
▼一般的に医療機関で提示される高度不妊治療(ART)の妊娠率・出産率のデータ
参考資料
→ 日本産科婦人科学会2017年ARTデータブック
3.技術格差が激しい【医療機関】
3-1.医療機関にある大きな技術格差
妊娠に関する検査を受けようとした時に、病院選びはとても難しいものです。
- 近所にある女性の疾患全般を取り扱う【産婦人科】
- 出産をサポートする【レディースクリニック】
- 不妊治療を専門的におこなう【不妊専門クリニック】
- 男女両方の不妊因子に対応する【リプロダクションセンター】
など様々です。
不妊治療は自由診療なので、これら全ての病院で治療が可能になります。
むろん【不妊専門クリニック】や【リプロダクションセンター】の方が専門性の高い不妊治療を受けられますが、専門性の高いクリニックであっても統一された治療ガイドラインが存在しないために正しく不妊治療できていないことがあります。
診療を受けたクリニックが不妊について詳しくない場合、他院への紹介状を書いてくれればいいのですが、自由診療なので知見が乏しくても自院での治療ができてしまいます。患者としても近所にあるクリニックが不妊治療に対応しているとなればつい信頼して通ってしまうのではないでしょうか。
不妊治療は専門性が高く十分な機材や知識がないとできない治療です。少子化により患者が減少傾向にあるなかで、知見が乏しい医療機関側もつい自分のクリニックで治療しようという気心が働くのではないでしょうか。
悲しいかな不妊治療におけるガイドラインも有害事象報告の義務化もないので、生命を脅かす事例すらあります。
3-2.保険適応と自由診療のメリット&デメリット
治療が【保険適応】されるには、使用する機材や薬剤の一つ一つが厳しい審査にクリアしている必要があり、それにより定められたガイドラインに従って治療をおこなうことができます。ルールが決まっているので全国一律で同じレベルの治療を受けられるのです。
一方、【自由診療】は保険が効かないかわりに医療機関ごとで治療方針を決めることができます。専門性の高い独自のノウハウにより治療を行い。世界中の医療従事者が発見した新たな治療方法や機材がでればいち早く実施することが可能です。
どちらにもメリット・デメリットがありますが、日本で起きている不妊治療の問題は、全ての産婦人科系クリニックが治療レベルの引き上げをすることなく不妊治療をおこなえる状態にあります。
十分な検査をしないまま人工授精を繰り返し、数年経った後に不妊因子が見つかったという事例も少なくありません。ステップアップして体外受精に移る頃には年齢が上がっています。年齢の上昇に伴い妊娠率は下がります。そんな状態で体外受精に臨むわけですから治療成績も当然いいとは言えません。
3-3.安易な卵巣刺激による弊害
体外受精などの高度生殖医療では、卵巣を刺激して採卵誘発をおこないます。
排卵誘発剤に過剰に刺激される ことによって、卵巣がふくれ上がり、お腹や胸に水がたまるなどの症状が起こることを卵巣過剰刺激症候群(OHSS)と呼びます。 重症例では、腎不全や血栓症など様々な合併症を引き起こすことがあります。
1996年の生殖医療学会の調査によるとOHSSの発症頻度は0.8%〜1.5%とありますが、ゆなさんのTwitterアンケート調査によると535人中で16%が中重症のOHSSになっています。
不妊治療において卵巣刺激は必要なことですが、正しくおこなえていないクリニックが多いのではないでしょうか。日本において卵巣刺激方法を監視する仕組みがあるのか甚だ疑問が残ります。
3-4.自然周期(低刺激)採卵法は甘い罠
「卵巣刺激は痛そうで怖い。だからなるべく低刺激で痛くない不妊治療がしたい。」という意見は多いと思います。
実際、日本では自然周期(低刺激)採卵法を売りにする不妊治療クリニックが多くありますし、不妊治療改善を目指す政府が意見交流しているのはこういったクリニックが多いと思います。
自然周期とは、低刺激の採卵誘発により毎月厳選された1〜5個の卵子を採卵する方法で、一般的な中刺激や高刺激と違って何度も注射をする必要がなく、仕事で忙しい女性でも実施しやすいのが特徴だと言われています
しかし卵巣を刺激することに変わりありませんので、平常通りに仕事ができるわけではありません。たしかに注射の回数は減りますが不妊治療は女性にとってストレスがかかる治療であることは間違いありません。
おそらく「自然」「低刺激」というワードにより、不妊治療へのハードルを下げているものと思われます。
自然周期(低刺激)採卵法は一見、良さげに見える治療ですが世界標準の不妊治療は中刺激法や高刺激法です。
不妊治療の最大のメリットは採卵時に複数の卵子が取れることで効率的に不妊治療をおこなえることにあります。
卵巣をしっかり刺激して複数の卵子を採卵して不妊治療をおこなう。卵子が余れば凍結して次の治療に使用する。これが最もスタンダードな治療です。
OHSSが多発している日本の医療において、自然周期法で子宮に負担をかけずに不妊治療を行いたい気持ちは分かりますが、卵子と精子を受精させても受精卵になるのは半数程度です。4個採卵できても受精卵になるのは2個です。
頻繁に不妊治療を繰り返し、卵巣が疲れ切っている人に自然周期(低刺激)で治療をおこなうのは理解できますが、最初から選択する治療とは言えないのではないでしょうか。
日本が採卵一回あたりの出産率が世界でもっとも低い理由は、採卵ばかり繰り返し、確率の低い治療を繰り返していることが原因の一つなのではないでしょうか。
3-5.胚培養士の統一資格が存在しない
高度不妊治療と呼ばれる体外受精と顕微授精に胚培養士はかかせません。
体から取り出した直径約0.03mmの卵子と精子をシャーレの中で受精させ、観察、培養、管理を一手に任される仕事です。不妊治療において医師と二人三脚で治療をおこなうのが胚培養士ですが、この胚培養士は国家資格ではありません。
「認定臨床エンブリオロジスト」「生殖補助医療胚培養士」「生殖補助医療管理胚培養士」といった資格はありますが、いずれも学会が発行した資格になるので医師免許のような統一資格ではないのです。
不妊治療において胚培養士は無くてはならない存在ですが、不妊治療の増加に伴い圧倒的に人が足りていないというのが現状です。胚培養士の求人をみると、臨床検査技師の免許を求めることが多くありますが、胚培養士の資格は必須外です。顕微授精が未経験であってもクリニックで働き始めることは可能です。
体から取り出したわずか数個の卵子なので、すべてが受精卵となり胚盤胞まで育ってほしいものですが、受精して5〜6日間培養した胚盤胞と呼ばれる状態まで発育できるのはおよそ30~50%です。
できることなら熟練の胚培養士が増えるよう、統一資格の制定をして全体の底上げを目指してもらいたいものです。
参考資料
→ 胚培養士ってどんな職業? 仕事内容や必要な資格を調査
3-6.治療成績の開示責任はなく、前提条件もバラバラ
前述していますが、高額な不妊治療を自由診療でしていながら医療機関には治療成績についての情報開示責任はありません。
体外受精を行う多くのクリニックでは、日本産科婦人科学会が発行しているARTデータブックを見せて「妊娠率は4割だから何度かチャレンジすればそのうち妊娠するわよ。」なんて会話が繰り広げられます。
この確率通りに妊娠すればまだいいのですが、その医療機関の治療成績がARTデータブック以上なのか以下なのかはわかりません。
「ぽころぐ」の調査によると2019年5月で、高度生殖医療を実施する都内の医療機関72院中で治療実績を公開していたのは30院となり約4割しか情報開示していません。
その情報開示方法も年齢、誘発方法、受精方法、年度など統一された前提条件がないため比較することが困難です。
その結果、不妊治療をしたい患者は病院選びに迷って治療成績を知ること無く口コミや知名度に左右されて病院を選んでいると思われます。
この状況について不妊治療専門医の「くろまめ」さんは、施設毎の治療成績の評価方法について下記のような提言をされています。
医療従事者の方から前向きな提言をいただくのは患者として喜ばしい限りです。
参考資料
→ 【東京】不妊治療クリニックの妊娠率等の実績開示状況を調査!公表成績を年齢別に並べてみた
→ 日本の不妊治療について考える written by くろまめさん
4.見落とされがちなファクター【男性不妊】
4-1.不妊の半分は男性が原因。しかも精子は40年間で半減
2017年のWHO(世界保健機関)の報告によると、不妊の原因は「女性のみ」が41%である一方で、「男性のみ」が24%、「男女とも」が24%。つまり、不妊に悩むカップルの約半数にあたる48%のケースに男性側の不妊が関わっていることがわかっています。
また42,000人の男性を対象に国際チームが調査した研究データによると、1973〜2011年の間に精子数は59%減少し、精子濃度は52%低下しています。40年間で精子数は半分以下になっているのです。これは急激に減少したものではなく精子の数は毎年1.6%の割合で確実に少なくなっていて、2011年以降も減少していることが予想されます。
明確な原因は特定できていないものの、化学薬品、喫煙、肥満、ストレスといった日常の生活習慣、そのほかプラスチック製品などに含まれる環境ホルモン、また精子は熱に弱いことから温暖化による熱の影響などが考えられます。
参考資料
→ 男性不妊症
→ ヒトの精子、38年間で半減
4-2.一般男性の約7%が男性不妊
男性なら自分の精子は問題ないと思いたいところですが、世界的に見ても男性不妊は大きな問題になっています。世界中で少なくとも3,000万人の男性が不妊症であり、すべてのカップルの15%が不妊に悩んでいます。
調査機関の分析データによると男性不妊の割合は、
- 中央および東ヨーロッパで8%〜12%。
- オーストラリアで8%〜9%。
- 北米で4.5〜6%。
- 米国疾病対策センター(CDC)の調査では米国の男性の9.4%が不妊であると推定しています。
英語版Wikipediaでは全男性の約7%が男性不妊と記載されています。
参考資料
→ A unique view on male infertility around the globe
→ Male infertility
4-3.産婦人科は泌尿器科と十分に連携できておらず、男性不妊の専門医はわずか68名
2017年に『産婦人科 診療ガイドライン 婦人科外来編』の中で、「男性不妊症の原因検索は泌尿器科医と連携して行うことが勧められる。」という回答が追記されました。
それまでは生殖医療指導医(産婦人科医)が治療にあたり、漢方やサプリメントなどの薬物療法が中心でしたが、精索静脈瘤が全体の25〜30%に見られたことで手術を必要とし、2017年に泌尿器科との連携を図った形になります。
そんな中で日本生殖医学会の認定生殖医療専門医は、産婦人科医が779人なのに対して、泌尿器医は68人しかいません。(2020年4月1日現在)
不妊と言えば女性の問題と捉えがちです。実際、長年不妊に悩んでいて女性側が何度検査をしても原因が見つからず、男性側が重い腰をあげて検査をしたら男性不妊が見つかったという話は珍しくありません。男性のプライドが検査すること自体を拒絶して不妊原因の発覚が遅れるのです。
本来であれば医師側からの半強制的なアプローチで男性側を検査するべきだと思いますが、産婦人科医も近年になってやっと男性不妊の多さを実感したことでしょう。
もし男性不妊に気付いていたとしても泌尿器科の生殖医療専門医はごく少数なので積極的に医師間連携をしていないと交流すらありません。
男性不妊は、学術論文も少なく改善処置方法が限られます。
精液検査で精液所見が悪くても、生活改善とサプリメントや漢方の提案ぐらいしかできていません。男性不妊はまだまだ解明されていないことが多いのです。
参考資料
→ 日本生殖医学会 認定生殖医療専門医
→ 産婦人科 診療ガイドライン ―婦人科外来編2017(P.213)
→ 産婦人科 診療ガイドライン ―婦人科外来編2014(P.153)
4-4.不十分な精子の精密検査
2010年にWHO(世界保健機構)が定めた精液検査の基準値は以下になります。
この基準値を元に医療機関は精子の状態を判断していますが、数値が良いからといって安心はできません。以下の数字は妊娠できた人の下位5%の数字です。これら一つでも下回ると妊娠確率が5%だと考えると年間12回しか排卵が訪れない女性に対していかに妊娠が難しいことか理解できると思います。
① 精液量 1.5ml以上
② 精子濃度 1500万/ml以上
③ 運動率 40%以上
④ 総精子数 3900万以上
⑤ 正常形態率 4%以上
ちなみに精液の簡易検査では「④運動率」はわかりません。
男性不妊をあまり取り扱わない泌尿器科では精液検査をする設備が整っていないところが多く、外部の検査業者に精液検査を委託します。精子は時間が経つと運動率が下がってしまうため、外部の検査業者では④運動率が正確に検査できません。
④運動率を検査しようとすると院内に精液検査の機材が必要なのはもちろんのこと、素早く検査をする人手が必要です。検査には30分程度時間がかかるので人手が確保できない医療機関では④運動率を計測することができないのです。
もう一つ、最近注目されているのが精子のDNA断片化率を測定する「DFI検査」です。
精子は酸化ストレスなどのダメージを受けると精子の DNA が損傷すると言われています。この損傷したDNAを持つ精子の割合を DNA 断片化指数(DFI:DNA fragmentation index)と言い、どの程度の割合で精子のDNAが損傷しているのかを調べることができます。
DFI検査についてはNHKスペシャルで大きく話題になったのも記憶に新しいのではないでしょうか。
運動率もDFI検査も専門性の高い医療機関でないと実施していません。また精液所見は毎回大きく変化するので精液所見の傾向を把握するには2回以上の検査が必要です。たまたま検査した数値がよかったからといって安心して不妊治療を続けていたら、実は酷い男性不妊だったという可能性もあります。
男性が積極的に精液検査を実施し、精液の精密検査ができる医療機関が増え、夫婦が一緒になって不妊治療に取り組む社会づくりが必要です。
参考資料
→ WHO精液検査マニュアル(日本語訳) (P.261)
→ 「NHKスペシャル ニッポン “精子力” クライシス」
→ 精子だって見た目だけじゃない!!~精子DNAの損傷が胚の発生に及ぼす影響~
4-5.男性不妊の4割が原因不明
2015年に発表された「我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究」によると、男性不妊とは以下の4つに大別されます。
① 造精機能障害(82.4%)
② 性機能障害(13.5%)
③ 閉塞性精路障害(3.9%)
④ その他(0.2%)
その中で最も有名な疾患は、① 造精機能障害に含まれる「精索静脈瘤」で全体の30.2%を占めます。
精索静脈瘤とは一般男性の10〜15%にも認められる疾患で、精巣付近の静脈の血流が滞ったり逆流することで精巣の温度上昇を招き、精液所見を悪化やライディッヒ細胞(テストステロンをつくる細胞)の低下を招きます。
精索静脈瘤は手術をすることで約半数は精液所見が改善します。
そして最も多い疾患は① 造精機能障害に含まれる「突発性造成機能障害」で全体の42.1%を占めます。
「突発性」とは突発的に男性不妊になっている。つまり「原因不明」ということになります。
サプリメントや漢方で改善するかもしれませんし、生活習慣を変えることで改善するかもしれません。原因は老化なのか、喫煙なのか、精巣を温めるすぎているのかもしれません。また、それら全てに当てはまらない突発性の人もいます。
とにかく、医師としても精巣にメスを入れて調べることもできず、精子の形成に90日かかるので、その過程でどんな原因があるのか分からないのです。
不妊の半分が男性原因で、その男性の4割が原因不明となれば、不妊治療の成功率が低いことも頷けます。
参考資料
→ 我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究(P.3)
→ Increase in scrotal temperature in laptop computer users
→ Impact of diurnal scrotal temperature on semen quality
→ Semen quality pattern and age threshold: a retrospective cross-sectional study of 71,623 infertile men in China, between 2011 and 2017
4-6.最終手段「Micro-TESE」とその先
どんなに精子の質が悪くても精子が1匹でもいれば顕微授精で子供を授かる可能性がありますが、1匹も精子が見つからない場合は無精子症と診断されます。無精子症には以下の2種類があります。
① 閉塞性無精子症
② 非閉塞性無精子症
「① 閉塞性無精子症」は、精子の通り道が何らかの原因で閉じていることで射精した精液の中に精子が確認できない症状です。子供の頃に受けた尿道下裂や鼠径ヘルニア(脱腸)の手術が原因で閉塞性無精子症になることがあります。
有名人でいうとダイヤモンドユカイ氏の症状がこれにあたります。
「② 非閉塞性無精子症」は、先天性あるいは後天的な原因により、精巣で精子を作る能力が低下している症状です。染色体異常や遺伝子異常など先天的な原因もあれば、おたふく風邪がきっかけでムンプス精巣炎をおこして後天的に無精子になる方もいます。
閉塞性無精子症と違って物理的な障害ではないので、原因がわからないのも非閉塞性無精子症の特徴です。
また極めて精子が少ない「高度乏精子症」でも精子が見つからなかった場合は「無精子症」と診断されます。
芸人キンタローの旦那さん・小杉隆史氏の症状がこれに当たります。
いずれにしても精子が見つからなかった場合、手術で精巣にメスをいれて精巣内から直接精子を取り出し不妊治療に使用します。その精子採取術を「Micro-TESE」と言います。精巣内から取り出した精子は射精精子よりダメージを受けていないというメリットはあるものの、一度精巣にメスを入れると精巣内が癒着するので何度もできる手術ではありません。
女性の出産可能年齢が迫り、一日でも早く出産したいなかで非閉塞性無精子症が発覚した場合に「Micro-TESE」を実施したい気持ちもわかりますが、もし成功しなかった場合を考えると、まずは男性側が生活習慣を改善して、射精した精液の中から精子が見つかるように努力をするのがいいのではないでしょうか。
そして「Micro-TESE」でダメだった場合に子供を持つ選択肢は他人の精子をもらう「非配偶者間人工授精(AID)」か「特別養子縁組」となりますが、AIDについて今の日本では十分な法整備ができていません。
国内でAIDを行える病院は日本産婦人科学会の認定を受けた12箇所だけですが、法的な整備が不十分なため正規の精子ドナーが減ってきて、SNSなどアンダーグラウンドで精子提供者を探す動きがでてきています。非正規ドナーは学歴や国籍の詐称や感染症のリスクがあります。
子供が欲しくても正規ルートが難しいからアンダーグラウンドを頼るという好ましくない状況に対して法の整備が遅れています。
参考資料
→ micro TESEが必ずしも全ての非閉塞性無精子症にとってベストな術式ではない可能性あり
→ 精子提供、ネットで広がり 「子が欲しい」に法律は今
→ オススメTwitter @ドクターぬん
→ オススメTwitter @IWATSUKI, Shoichiro
→ オススメTwitter @おおたよしたか
5. 不妊症患者の努力と【社会】
5-1.不妊治療に要する時間と手間暇
不妊治療はとても時間と手間暇がかかり、女性側が痛みを伴う治療です。
①まずは事前検査として、卵巣のエコー検査、子宮癌検査、血液検査、風疹抗体検査、感染症検査、尿検査、血圧測定などを実施して母体の状態を把握します。
②そして不妊治療に入る前に一旦薬で排卵を止めて1ヶ月、子宮を休めます。
③次の生理が来てから本格的な不妊治療の開始です。排卵誘発をおこなう薬を飲みつつ、自分で自分のお腹に自己注射をします。
普通なら1回の生理で卵子は1つしか排卵されませんが、排卵誘発で複数の卵子をつくることで計画的に不妊治療をおこなうことができます。通常なら一つの卵子が複数できるので一日中お腹が張って痛い状態が続きます。
④何度かクリニックに通い、無事に卵が育っているかを確認し、卵巣が過剰反応を引き起こすOHSSにならないように注意深く観察しながら治療を進めます。
⑤そうして1ヶ月が経ち採卵するのですが、採卵は膣の中から長い針を刺して卵巣の中の卵を取ります。男性で例えるなら陰茎から針を刺して精巣の中の精子を採るようなものでしょうか。
⑥そうして取り出した卵子をシャーレの中で精子と受精させます。
ここで胚培養士さんの腕の見せ所です。
受精卵を2〜7日間培養し、分裂が始まった胚盤胞移植を女性の身体に戻します。もしくは良好胚を凍結し、卵巣の状態が整った別の月に女性の身体に胚盤胞を移植します。
⑦移植後10日ほど経過して妊娠判定となります。
⑧その後、3〜4回経過を観察して赤ちゃんが無事に育っていれば不妊治療クリニックは卒業となり一般産婦人科に転院します。
このように女性はとても苦労しながら不妊治療をしてくれているのです。
一方、不妊治療において男性側が実施することをご説明します。
女性の採卵日に射精して精子を体外に採り出します。
以上です。
精子を出すだけ。以上です。
5-2.職場の理解と働く環境
不妊治療は初診から採卵まで約3ヶ月。移植と経過観察を含めると不妊治療には約5ヶ月程度を要します。
クリニックや治療方法によって違いはありますが、10〜15回は通っていることでしょう。
特に採卵間近は週に何度も病院に通う必要があり、卵子の成長度合いによって採卵日が決定するので、突然「明後日もクリニックに来てください。」なんてこともありスケジュールを調整するのが大変です。
このように不妊治療をおこなう女性は、仕事と不妊治療のバランスを取ることがとても困難で、せっかく培ってきたキャリアを捨て仕事を辞めて不妊治療に専念する女性も少なくありません。
仕事を辞めるまでいかなかったとしても、採卵前の女性は身体にとても負担がかかるので仕事ができるコンディションではありません。
男性からすると想像できないツラさを伴うのが不妊治療です。
プライベートな問題なのでオブラートに包まれてきましたが、男性が不妊治療の大変さを理解し、会社が働き方を改革し、妊娠を希望する女性に優しい社会になってほしいものです。
あまり普及していませんが「不妊治療連絡カード」という厚生労働省が発行する書類があります。事業主宛に医師の捺印付きで提出するものなので不妊治療をしている方は活用してください。
そして事業主の方は不妊治療の大変さをご理解いただき、大事な人財を手放さないようご理解とご対応をお願いしたく存じます。
参考資料
→ 仕事と不妊治療の両立について
→ 「不妊治療連絡カード」
5-3.医療記事とWELQ問題
2016年末にネット上を騒がせたWELQ問題というものがあります。
ヘルスケア情報キュレーションサイトである「WELQ」に掲載されていた記事のほとんどが、医療に関して素人のライターが書いたもので、それらの記事が検索上位表示されていることが問題になりました。
それ以来、Googleはそのような不誠実な記事が上位表示されないように検索アルゴリズムを改定し今に至ります。
しかしこのWELQ問題は新しい問題を生み出しました。
これだけ多くの沼が存在する不妊治療であるにも関わらず、その不妊治療の実態が検索結果に表示されにくくなっています。
Googleは専門性、権威性、信頼性を特に重視して検索結果に反映しています。つまり実在する医師や医療機関が自院サイトで公開している情報はGoogleが定める検索品質評価ガイドラインに適応するので検索上位に表示されやすくなります。
医師免許をもった医療機関が発信する情報は間違った情報ではありませんが、最適な情報でもありません。知名度や人気によっても検索順位は左右されます。
検索上位表示された結果が不妊治療におけるトレンドだと人は認識するので、最適な不妊治療の情報を得ることが難しいのです。
こうして治療成績が不透明だったとしても、不妊治療業界で名前が通った有名クリニックや治療方法ばかりに注目が集まるのです。
政治が不妊治療の実態調査をしようと一部の有名クリニックへの聞き取り調査をおこなっていますが、このような理由もあり正しい実態調査をすることが難しくなっています。
患者自身が政治の実態調査に参加する必要がありますが、本質的な患者の声はSNSの片隅でしか発見できず、不妊治療の闇が深まっている状況です。
不妊治療当事者の実態がわかる声は以下で感じることができます。
参考資料
→ Twitter #調べて不妊不育治療の沼
→ ぽころぐ
→ UMU
→ NPO法人Fine
5-4.筆者の願い
これほどまでに医学が発達したとはいえ、生殖医療の分野はまだまだ謎が多いものです。
そんな不確定要素の多いなかで、ただ子供が欲しいという切なる思いだけで行動しているのが不妊症患者です。
不妊治療成績の情報開示と規格統一が進み、施設間の技術格差がなくなり、医学が利益追求に走ることなく、政治が国民を救う制度を策定し、男性が女性と一緒に努力し、社会や会社が女性の努力を受け入れる。
そんな社会になってほしいと切に願います。
最後に不妊治療医師が提言する日本の不妊治療について考える資料を掲載して終わりとさせていただきます。
参考資料
→ 日本の不妊治療について考える written by くろまめさん
追伸
筆者である僕は男性不妊当事者ですが、男性の視点から不妊治療の環境改善と男性不妊の改善を目指してます。Twitterでも発信しているのでよろしくおねがいします!
サポートしてもらえると新しい情報発信に役立てます。