『トリツカレ男』没ネタ集【ネタバレあり】

『トリツカレ男』絶賛上演中です。

3ステージが終わったところですが、どのステージでも温かく熱のある拍手をいただいて、改めて物語の力と、これまでの稽古の成果を実感しています。

成井さんの現場の特徴として、面白くなるなら「台詞を変えたり、増やしてもよい」というルールがあります。もちろん物語の根幹に関わる台詞や、世界観を壊すもの、あまりにもテンポが損なわれる変更はダメですが、お客さんが楽しんでもらえる台詞の変更は許されています。いわゆるネタやギャグの類です。

とはいえ突発的なアドリブは基本的に禁止されていて、稽古でいろいろ試しながら、「いける」と判断されたものが舞台上で披露される仕組みです。

今回はわたしが演じるタタン先生の台詞で、稽古場で試してきたネタを公開してみます。

以下、台詞の抜粋などがあり、若干のネタバレを含みます。ネタバレお嫌な方は、また後日、見に来てくださいませ。


では。


参ります。


元となる台本の台詞は下記です。

「それからトト君。君は脂肪分の取りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと、酒とはきっぱり縁を切ったほうがいい。隠しても無駄だ。たまにアンナさんのワインをちょろまかしているだろう。」

この台詞、初演では劇団の先輩、岡田達也さんに向けて言われるのですけど、よく受けていたことを覚えています。それは岡田達也さん本人が大のお酒好きで、それを知っているお客さんが、トトと達也さんをリンクさせていたからだと思われます。

まぁ身内ネタっちゃあ身内ネタなのですが、今回のトト役の畑中さんはどちらかというとお酒はあまり得意ではなく、もう少し畑中さん本人のプライベートをかすめる発言にしたいと思いました。

というわけで、わたしが稽古場で試してきたネタの数々です。ちょっとした解説とともにどうぞ。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。それとコーヒーの飲み過ぎだ。百歩譲って飲むのは構わないが、空き缶はちゃんと処分しなさい。
※畑中さんは缶コーヒーのエメマンをよく飲むが、空き缶を稽古場に放置していくことで有名。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。それと映画の見過ぎだ。隠しても無駄だ。アンナさんに黙ってNetflixに契約しているだろう。アンナさん、身に覚えのない請求に困惑していたぞ
※畑中さんは本当に映画好きで、そこから着想を得た。時代背景を無視してNetflixという単語を入れちゃうところが反則。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと働き過ぎだ。君はネズミアニメーション学院の講師として、朝から他のネズミたちに演劇の指導をしているだろう。少し休みなさい。
※畑中さんは代々木アニメーション学院の講師を務めており、稽古中もたびたび朝から勤務して、稽古に来ていた。「ネズミアニメーション学院」というもじりがお気に入り。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あとタバコの吸い過ぎだ。最近身体を気遣って電子タバコに切り替えたそうだが、あれだってタバコはタバコなんだ
※しばらく会わないうちに、畑中さんは紙タバコから電子タバコになっていた。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと映画の見過ぎだ。好きだからといってバックトゥザフューチャーを25回、2を4回、3を19回も見ているだろう。2ももっと見なさい。
※畑中さんは本当にバックトゥザフューチャーが大好きで、1、3、2の順に好きだという取材に基づいて考えた。回数は盛っているが「映画を見るな」ではなく、「2をもっと見なさい」という文脈に持っていくのが秀逸。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。君を初めて見かけたときは、まるで沖田総司のようなキラキラした青年だった。それが今はどうだ。見る影もないじゃないか。
※畑中さんの劇団の代表役に沖田総司がある。当時は本当にキラキラしていた。今もすっごいキラキラしてるけども。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。君を初めて見かけたときは、まるで沖田総司のようなキラキラした青年だった。それが今はどうだ。沖田というより、今起きたばっかといった感じだ。(トト、拍手)…拍手はやめなさい。
※上記の派生ネタ。滑ることを前提にしたネタだが、個人的には結構好き。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。もっと外へ出て身体を動かしなさい。隠しても無駄だ。君はここ(舞台上)ではこう(活発な身振り)だか、家ではこう(背中を丸めて暗い身振り)だろう。
※活発で明るく見える畑中さんだが、家だと独り、膝を抱えているというドキュメンタリーを元にしたネタ。文字では伝わりにくいが、テンポと動きを兼ね備えている。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと、お金は計画的に使いなさい。旅先でギターを買ったり、四畳半の部屋に電子ピアノを買ったり。何を考えてるんだ君は。…トト君、これから私が言う言葉を復唱しなさい。私は二度と無駄遣いをしません。(復唱させる)私はだらしない、どうしようもないネズミです。(復唱させる)…よし!
※全て事実。ギターと電子ピアノの値段も折り込もうと思ったけど、生々しいのでやめた。復唱させるのは一見蛇足に見えるが、その蛇足感がいい。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと好き嫌いが多すぎる。茄子、納豆、ウニ。茄子と納豆はともかくとして、君は本当に美味しいウニを食べたことがないからそんなことを言うんだ。釧路のなごやか亭に行きなさい。
※茄子と納豆とウニは本当に嫌いらしい。本当に美味しい○○を食べたことないから嫌いなんだって言う人、というあるあるネタ。今度開催する、釧路オンラインツアーのことを考えていたら浮かんだ。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと、好きなものばかり食べていてはダメだ。ハンバーグ、オムライス、エビフライ。…子供じゃないんだから。」
トト「じゃあタタン先生の好きな食べ物はなんなんですか」
「私は、チャーハン、エビチリ、八宝菜だ。」
トト「ロシアどこいった。」

※畑中さんの本当に好きなものを聞いて考えた。子供じゃないんだから、で一応オチはついてるが、畑中さんとネタ打ちしてたら、最後の件(くだり)を思いついた。結構好き。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと君はネズミアニメーション学院の講師として、他のネズミたちに演劇の指導をしているそうだな。質問させてくれ。君にとって演劇でいちばん大切なことはなんだ。」
トト「勢いとパッションです!」
「…私もそう思う!」

※畑中さんは本当に「勢いとパッション」をモットーに演技に取り組んでいる。

「それからトト君。君は脂肪分の摂りすぎだ。チーズはしばらく控えること。あと君はネズミアニメーション学院の講師として、他のネズミたちに演劇の指導をしているそうだな。質問させてくれ。台詞を喋るうえで大切なことは何だと思う?」
トト「高まったテンションを支えることです」
「なるほどな。しかしそれだけでは平田オリザ先生の現場では通用しないぞ」
トト「じゃあオリザさんの現場で大切なメソッドはなんなんですか?」
「………間(ま)だ。」

※成井さんのダメ出しで「支える」という言葉がよく出てくるのでいただいた。そこでオチにしようと思ったけど、ネタ合わせ中にわたしが「平田オリザ」の名前を出したくなって、付け足すことにした。


いかがでしたでしょうか。わたしが覚えているものは以上です。最初は真面目に考えているのですが、だんだん畑中さんとのやりとりが楽しくなってきて、反則気味になっていっているのがよく分かりますね。挙句、4回目の通し稽古の後に「そろそろ本番用のネタを見せてくれ」と成井さんに言われる始末。もちろん上記のネタは本番では使っていません。

ギャグやネタを考えるのは、一見役者の作業から離れているように見えますが、「どうすればお客さんが楽しんでくれるんだろう」というサービス精神や表現の仕方、「この役ならどんな言い回しをするだろう」という役作りを考える、などのいいきっかけと修練になります。

こんなことを考えながら稽古を過ごしておるのです。

いま、役者たちが板の上に乗せている渾身の表現も、そのような考えのもとに発せられていると思うと、余計にいとおしくなりませんか?

なりませんか!(脅迫)

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