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ミステリー小説「須藤警部の始末書」第一話

今回は、私が10年前に書いた小説を掲載します。
内田康夫や西村京太郎に憧れて、刑事もののミステリー小説を書きました。
「須藤警部の始末書」第一話です。

だんだんと、布団から出るのが億劫になってきたある冬の日の朝、僕は刑事として初出勤することになった。
丸2年勤めあげた交番勤務からついに念願の本署の刑事課に配属されたのだ。
志望動機が単純すぎて恥ずかしいのだが、少年時代から観ていたテレビドラマの刑事物の影響で警察に就職した。 
再放送で繰り返し観ていた、お互いをニックネームで呼び合う捜査一係の刑事たちや、サングラスをかけた二人組の刑事がやたらめったら拳銃をぶっ放す有名な作品だ。
最近の刑事物ドラマでは、あんな刑事たちはめっきりいなくなっちゃって、知力・推理力で事件解決なんてのが多いんだけど、時代錯誤な僕は、町中を走り回って犯人と乱闘してっていう刑事像に憧れて刑事課配属を希望してたわけで。
でも意外といるんだ、そういう奴って。
同期にも数人、研修中に刑事への夢を語り合った仲間がいた。 
将来はお互いをニックネームで呼び合って、スポーツカーを運転しながら、助手席の窓を開けて赤色灯をかっこよく装着しようなって。 
「しかし、刑事が勤務中にサングラスかけててもいいのかな?」
「そりゃ、やっぱり上から怒られちまうんじゃねえのか」 
「じゃあ署内では外して、外勤になったら着けることにしよう」などと。 
そして、同期の中では一番早く自分が刑事に昇格することになったのだったが、それは突然の辞令だった。
以前から希望はずっと出していたのだけども、何の返りもないし、しばらくは無理なのだろうと思っていた矢先、僕はひったくり犯を捕まえることに成功したのだ。
これも本当に偶然というか、運がいいというか、犯人にとっては運が悪かったんだろうけど。
そいつは、この町で50件以上もひったくりを繰り返していた男で、僕が非番の日に、歯医者から帰宅していた道すがらに裏路地でたまたまその男を見かけたのだ。
もちろん犯人の顔など知るわけもないし、なぜその男が目に止まったのかというと、ハンドバッグを50個くらい首から肩から腕から下げて歩いていたから。
犯人から言わせると「処分に困った盗んだハンドバッグをアパートの部屋から車に乗せようとしてた」そうで、袋か何かに入れて運べばいいものを、面倒くさかったからとむき出しで運んでたらしい。
そして、たまたまその瞬間に僕が遭遇したのだ。 
僕はまさか連続ひったくり犯だとは思わずに、何の疑いもなしに「何でそんなにハンドバッグを?手伝いましょうか?」って声をかけてみると、奴はいきなりハンドバッグを僕に投げつけて逃げ出したのだ。
そこを追いかけて捕まえ、得意の払い腰でぶん投げてやったということ。 
奴から言わせると、向こうから僕が歩いてきたのを見つけた途端に「こいつは刑事だ」ってピンときたらしい。
非番なのでもちろん私服だったのだが、僕の私服はスーツだ。
憧れのテレビドラマの刑事のようにちょっと着崩した感じのスーツと時代遅れの大きめのサングラス。
せめて、非番の時だけでも憧れの刑事気分を味わおうという僕の着こなしが功を奏したのだ。 
そして奴はのちにこう供述している。
「格好を見た時に、こりゃ刑事だなと思って警戒したんだけど、話しかけられた時にそれが確信に変わった。だって柴田恭平とおんなじしゃべり方だったんだもの」
自分で意識していたわけではないが、僕は柴田恭平のようなあの独特のしゃべり方をしていたらしい。相当かっこつけていたのだろう。
そしてこれは自分では全く記憶していないのだが、奴の供述によると、奴が逃げ出すまでの短い会話の中で、僕は「関係ないね」と4回も言ったらしい。
何の脈絡もない中での「関係ないね」4回。
そういえば、犯人を走って追いかけてる間に脳内BGMでランニングショットが流れていたような気もする。
これでよっぽど僕が刑事に憧れていたことが分かっていただけたかと思う。
一気に50件もの未解決事件を解決した功績もあり、晴れて僕は刑事課に配属されたわけだ。
そして初日にいきなり所轄内で起きた殺人事件の担当に命じられたわけである。

朝早くに緊急の電話で叩き起こされ、まだ署にも出勤していないのに、直接殺人現場であるマンションに急行しろとのこと。
僕のワクワク感はピークに達した。
数年に1回起こるかどうかの平和な町での殺人事件。
それが配属初日から起こるなんて、これは刑事の神様から認められたとしか思えない。
「お前は刑事になる為に生まれてきたんだ。しっかりやれよ、ダメージ」
ダメージというのは、僕が考えたニックネームのことである。
本当はダメージジーンズにしたかったのだけど、ニックネームにしてはちょっと長すぎるし、山さんみたいな年輩の先輩刑事がいたときに呼びにくいだろうから、縮めたのだ。
別にダメージジーンズを履いているわけではないのだが、色々と考えた候補の中でダメージが一番しっくりきたので、何としてもこう呼んでもらいたい。
今は履いてないけど、学生時代にダメージジーンズを履いたことはあるわけだし、全くの嘘というわけではないだろう。
神田正輝だって、元ドクターだったからドックと呼ばれてたわけだから、必ずしも現在進行形でなければならないというわけではないし。
などと楽しいことを考えながら、この日のために仕立てたスーツに身を包み、サングラスは一応ポケットに突っ込んで、まさに意気揚々と、アドレナリンが分泌されまくっているのを実感していたのはほんの数分前までの話。
現場マンションに到着した僕は地獄に叩き落されることになる。

現場マンションの下には、すでにたくさんの野次馬や警察関係者で騒然としていた。
ローンで買った中古の真っ赤なスポーツカーでマンションのロータリーに乗りつけ、颯爽と車から飛び出したところでまず止められた。 
黄色いテープで野次馬を処理している年配の警察官にこっぴどく叱られたのだ。
「どこに車止めてんだ!貴様この野郎」
貴様?この野郎?
「これからこの署の看板になろうかとしている刑事に向かって、制服警察官風情がこの野郎?」とカチンと来てしまったのだが、「まだ僕の顔を知らないのだろう」とその怒りをグッとかみ殺し、僕は胸ポケットからこれまた颯爽と警察手帳を取り出し、相手の目の前にサッと突きつけ、黄色いテープをくぐろうとしたら、肩をグッと押さえつけられた。
「だから、どこに車止めてんだ!駐車場に止めねえか!カギもつけっぱなしじゃねえか」
え??
刑事の車って駐車場にわざわざ止めなきゃいけないのか?
わざわざコインパーキングに止めて、カギもロックして降りてこなきゃいけないのか?
知らなかった。
ドラマではそんなの見たことないぞ。
「だいたい何を警察手帳をチラッと見せて、お疲れ様ですもなく現場に入っていこうとしてんだ。○○署の○○です。現場検証にやってきましたぐらい言わねえか。この若造。お前ほんとに刑事だろうな。ちょっと手帳をちゃんと見せてみろ」と言われ、細かく手帳をチェックされることに。
「ここに書いてある業界用語っていうメモは何だ?ホシ=犯人、ワッパ=手錠、何だこりゃ??」
と見られたくなかった秘蔵メモの箇所までしっかりと見られてしまう始末。
まだ現場にも入ってないというのに、初日からこんなに怒られるとは。
刑事なのに入り口での挨拶もしっかりとしないといけないのだな。
だいぶ手間取ってしまい、ようやく殺害現場の部屋に到着した。
ここからは大丈夫。
鑑識の邪魔にならないように、余計な足跡や指紋を残さないように細心の注意を払わなければならないのだ。
まっさらな白い手袋も持ってきた。
イトーヨーカドーに980円のが売っていたのだが、百貨店に行って2980円もするやつを買ってきた。
自分の部屋で何度着けたり外したりして、興奮したことだろうか。
手袋を装着し、今度は玄関先の警察官にしっかりと挨拶をし、これまた颯爽と部屋に飛び込んでいった。
「お疲れ様です。今日から配属されたダメージです。ガイシャはどこですか?」
鑑識の刑事や先輩刑事の返事が返って来る前に、僕の目にガイシャの姿が映り、僕は驚愕した。
8畳ほどのリビングルームの真ん中に倒れている男。
顔面は蒼白で年寄りなのか若者なのかも分からないほど、変形して見える。
腹の部分にはデッカいナイフが突き刺さっていて、辛うじてベージュ色だと分かるほどに、血で真っ赤に染まったパジャマを着ている。
そして死体の下というか、床中には人間の身体からこんなに血液が出るのかというほどのおびただしい量の血液が。
そして何と言ってもこの臭いだ。
いつ死んだのかは正確に知らないけども、死んでからこんなに早くに臭いってくるものなのか。
よく観察してみると、内蔵なのか何なのか、見たことないような臓器が飛び出しているではないか。
僕は首もとや手首の脈を取って、「う~ん、死後8時間はたってますね」とか「こりゃ怨恨ですね。刺し方から見て相当深い」などとやろうとしていたのに、とんでもないけどこんな死体触れない。
これが愛する人や家族の死体であっても躊躇しようかというほどの惨殺死体なのに、全く知らないおじさんの死体。
いやおじさんかどうかも分からないんだけど。
テレビドラマの死体と違いすぎる。
部屋に入ってからここまで2秒。
自分にとっては気の遠くなるほど、長く感じたんだけども、あとから先輩に聞いたら2秒くらいらしい。
僕の「ガイシャはどこですか?」発言から2秒後。
先輩たちの返事が返ってくる前に、リビングにいた6人の刑事たちがこちらを見ている中、僕は死体の上にリバースした。
まだ調べ終わってもいない死体の、ちょうどナイフが刺さっている辺りを目がけて嘔吐したのだ。
6人が6人とも思い思いの言葉で僕を罵ってきた。
もう何て言われてるかも分からないし、何発かぶん殴られた気もする。 
1人くらい鑑識の人が、「このゲロの内容物から見て、食後2時間はたってますね」などと鑑識ジョークを言ってくれるかと思ったけども、1人残らず怒鳴ってきた。
それだけ大変なことをしてしまったのだろう。
さらに僕は怒鳴り散らされながら、小便をちびっていた。
いや、ちびっていたという表現は間違っている。
尿道の奥の奥まで空っぽになるくらい全部出た。
そして僕は死体の上にぶっ倒れた。
情けないことこの上ない。
ゲロ吐いて、小便漏らして、気絶したのだ。
僕は気を失いながら、「良かった。サングラスかけてこなくて」と思ったのだった。 
 
                                つづく

 

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