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アル中ピオスの杖【ショート・ショート】

 缶ビール三ケースをエサに、マークは今夜の仕事場へ呼び出された。
 シリコン製の手袋をはめつつ、隣にいる依頼主を見上げる。先ほど、もらった缶ビールを一本飲んだので、手の震えは収まっていた。

「で? こいつをどこまで生かすので?」
「あと三日で構わない」
「あい、承りましたよ」

 マークは手際よく、手術台に寝かせられた男の身体をチェックする。脈拍、血圧、血中酸素、呼吸数、触れた時の反応。どれをとっても男は瀕死という言葉がふさわしい。

 ── 三日生かすだけでも骨が折れるなぁ

 だが、マークは缶ビールをすでに一本飲んでしまった。酒を真っ先にくれた依頼人からの依頼はこなすと決めている彼は、ぱんぱん、と手をたたく。
 マークの後ろから彼の教え子たちが静かに出てきて、手際よく手術の用意を整えだした。

「そうだ。缶ビールだけじゃ、あれだろう。報酬の追加にこいつをやるよ」

 馴染みの依頼人はそう言うと、安っぽいプラスチックボトルに入った赤ワインを取り出した。だが、マークは目を見開いて喜ぶ。

「ボージョレ・ヌーヴォー!」
「安モンだけどな」
「バカ言わないでくださいよ。そりゃあ解禁が一番早い、ニホンのボージョレ・ヌーヴォーだ!」
「ハハハハハ、そこに目を付けたか。でもよう、これの何が良いんだ?」
「何がいいって、楽しいからにきまってるでしょう。酒はね、良いんですよ。これを半分地球を回ったニホンの連中もありがたがって飲んでいると思うと、眩暈がするくらい酔えるんです!」

 手術が終わればボージョレ・ヌーヴォー。
 だいたい八時間かかる手術を、大喜びのマークはテキパキとやり終えた。
 死の瀬戸際だった男は息を吹き返し、たしかに依頼人が言う通りあと三日は生きられるだろう。そのあとのことは、マークは知らない。死亡日が三日遅くなるだけで、大金がパーにならずに依頼人の懐へ転がり込むことだってある。
 闇夜に生きる医者として腕を振るう間、マークはよくよく知っていた。

「ありがとよ。今、報酬を支払った」

 依頼人が言ったとおりに、ネットバンキングへ通知が来る。マークは金額を確かめてから、舌なめずりをしてワイングラスを探し出した。

「なぁマーク。お前、その弟子たちってのが医学生ってのは本当かい」
「ええ。連中はみんな、良い大学を出る予定の医師ばっかりですよ」
「はぁ。相変わらず驚くしかないねぇ……こんな酒浸りのアル中が、天才医師を何百人も教え、数万人、いやもっと大勢を救う現代のアスクレピオスだなんて」
「古い呼び名ですよぉ、そんなの。ところでワインを」
「おっと。悪いね」

 弟子たちに始末を任せ、マークは依頼人からもらったワインをグラスへ注ぐ。うーん、と嬉しそうに唸った彼は、コガネムシのような小さくて黒いキラキラとした瞳を輝かせるばかり。
 また依頼に来るよ、と手を振った依頼人が、マークが生き返らせた男を部下が運ぶ担架に乗せ外へ出ていく。

「マーク先生、終わりました」
「ご苦労様。ビール飲んでく子はいるかい?」
「俺とアルティーン、それと田中が飲んできます」
「ううむ。なら脳外手術のビデオにしよう! いい気分だ!」

 嬉しそうに弟子たちがビデオを見る準備をする。

 命の水と彼が読んではばからないビールを片手に、彼らは遅くまで語り明かすのだった。


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